第17話 第25番×ルーン×魔法

 25番目のルーン魔法、 ウィルド魔法は発動した。

 その文字が意味するところは、無限の可能性。

 肉体という殻を精神が破り、万能感が世界に満ちていく。


 俺は運がいい。

 いま、目の前で圧倒的な存在感を放つ相手は、俺が全力を出しても構わない実力者。

 差し当たり、まずはどれだけ強くなったかを試してみよう。


「行くぞ」


 親父殿を攻撃する。

 そう考えた瞬間には、文字魔法が発動していた。


 時の流れさえ凍結させるルーン魔法、イサ

 もっとも使い慣れたそれが発動すると同時に、親父殿も対抗するようにイサを発動した。

 俺と親父殿。

 二人の人間が、時間という四次元座標から切り離され、停止した時空で魔法の応酬を繰り広げる。


 光子すら静止した世界では、お互いがどのような魔法を使ったかを知るのは至難の業だ。

 それなのに、俺の脳は、はっきりととらえていた。

 親父殿がケナズの魔法を発動する様子も、灰すら残らないだろう高温の業火が俺に向けて迫りくる様子も。


 文字魔法の【探知】を使ったときの感覚に、とても似ている。


 だからとっさに炎熱を防ごうとして――

 その時にはラグズの魔法が激流を呼び起こし、鎮火を始めていた。


(思考の具現化、それがこのルーン魔法の効力か)


 脳が判断した現状に対して、最適な文字魔法がフルオートで発動する。

 だから、WILDウィルド

 何でもアリがこの魔法の本質だ。


 これならもっと距離を詰められそうだ。

 だから一歩踏み込んで、間合いを詰める。

 たったの一歩で、俺と親父殿の相対距離が消失する。


 呼吸すら感じられる、命の応酬をするには近すぎる至近距離。

 その刹那、暗闇の中で、親父殿と視線が交錯した。


 赤銅色の瞳。


 彼の瞳が変色していることに気付いた。

 もともとは純粋な黒色をしていたはずだ。

  ウィルドを発動した副作用だろうか。

 だとすれば、きっと、それをのぞき込んでいる俺の目の色も同じなのだろう。


 親父殿が眉をひそめた。

 同時に、一つの魔法が虚空に展開される。


スリサズ


 親父殿が発動したのは雷光の魔法。


 イサのルーン魔法が停止するのは、あくまで発動した時点で世界に存在するすべてらしい。

 停止した後に生み出された稲妻は、停止することなく洞窟内を自由に反射した。

 暗闇が引き裂かれ、闇に慣れ始めていた俺の両眼が眩む。


 けれど、もともと暗闇の中で戦っていたんだ。

 両目の視力を奪われた程度で不利に追い込まれるなんてことは――違う。


スリサズの放電がノイズになって、親父殿の居場所が【探知】できない⁉)


 浅はかだった。

 親父殿の狙いは、空間全体を埋め尽くすほどの電流による疑似煙幕。


 親父殿を見失う。

 それはつまり、どんなルーン魔法を発動しようとしているのかも、どこから襲い掛かるのかも、いつ攻め入ってくるかもわからないということ。

 一瞬の判断が勝負を決する死闘において、この差配は無視できないほどに大きい。


「ぐぶっ!」


 硬いものが、俺の頬を打ち抜いた。

 スリサズのノイズを引き裂くように、その実行犯が正体をあらわにする。


(拳……⁉ この状況で⁉)


 どうして。

 そんな考えは、イサの効果が切れて流れ始める時間と、かき消えた闇から浮かび上がった親父殿の姿ですぐにわかった。


 親父殿の髪色と瞳が、元の色に戻っている。

  ウィルド状態が解除されている。

 フルオートのルーン魔法を使える状態ではないならば、拳の方が速い。


「強く、なったな」


 親父殿の言葉が、耳から脳へと染みわたっていく。

 同時に、全能感が消失していく。

 代わりに押し寄せるのは、形容しがたい倦怠感。

 俺からも ウィルドの効果が消えていっていた。


「いま、お前が到達したのはルーン魔法の一つの極点、 ウィルドモードだ。お前も気づいただろうが、この状態では思考に浮かんだルーン魔法が自動で展開される」


 そういえば、と疑問に思う。

 通常、ルーン魔法や文字魔法を発動するときは、魔核から指先へと魔力を移動させる。

 魔力は流動性が強く、指先にとどめ続けることは難しい。

 だから、一発一発、魔力を込める必要がある。


 だが、 ウィルドモードではその制限がない。


(いや、違うのか。 ウィルドを発動した際に込めた魔力、これが、自動展開される文字魔法の電池の役割を果たすんだ)


 言うならば、今後発動する魔法に対する魔力の先払い。

 髪色や瞳の色の変化は、頭部にたまった魔力がもたらす見た目の変化。

 そう考えれば、思考が具現化する魔法の原理にも納得がいく。


「強力な魔法だが、その反動は大きい。おい、何でもいいからルーン魔法を使ってみろ」


 俺はけだるい体を動かしながら、使い慣れたイサの文字を使用した。

 幼いころから使い続けた文字だ。


 けど、けれども、だけれども。

 そのルーン魔法は、発動しなかった。


「だから、拳だったのか」


 妙だと思った。

 親父殿の決め手はただの拳打だった。

 ルーン魔法を乗せなかったのは手心かとも考えたが、そうではなかったらしい。


 ウィルドモードが終了した後は、ルーン魔法は使えなくなる。次に使えるようになるのは、 ウィルドモードに込めた分の魔力が回復してからだ」


 試しに【氷】と書いてみるが、こちらも発動する気配はない。

 ルーン魔法ではなく文字魔法だから、という抜け道は無いらしい。

 まあ、 ウィルドモード中に文字魔法も使えていたし、当然と言えば当然なのだが。


(使用する場を見極めて、必要最小限の魔力で発動する。そういう運用が肝ってことか)


 使いどころは難しいが、使い道はある。

 シロウ相手に追い込まれるようになった時に、逆転の一手として切り返す。

 そんな演出ができそうだ。


「フッ、別れの時か」


 親父殿の体が、蜃気楼のように揺れている。


「アルカナス・アビスは元来、奥義の伝承に使用された洞窟だ。お前が ウィルドを体得した以上、俺の役目はここまでだ」


 違う、実際に揺れているのは、この目に映る景色そのもの。

 世界が輪転し、徐々に、だがしかし力強く、何にも染まることの無い純白へと移ろいで行く。


「頑張れよ、クロウ」


 意識が途切れる前に聞こえたのは、親父殿のそんな言葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る