第一話「ワイヤード・ラブ その⑦」

 電信上のやりとりを続けてから半年ほど経った頃のことだ。


 ボクはヘレナを愛するようになっていた。


 一度も出会ったことがなかったとしても。

 文字の情報の上だけの存在だったとしても。


 関係なかった。


 ボクは彼女のことを知っている。


 名前も、住んでいる場所も、お気に入りの新聞コーナーも、好きな食べ物も、嫌っている態度が悪い常連客も、悩みも、楽しみも、何よりも「大喜利ビッグ・ジョイ」で披露される彼女のとびっきりのユーモアも!


 全部、全部知っているんだ。


 ヘレナの影響で、彼女が好きだという小説も読むようになった。

 ジョン・H・ワトソンという医師が書いた実録犯罪小説だ。

 奇想天外なトリックが用いられた事件を、作者の友人である私立探偵が解決するという筋書きで、なかなか面白い。

 

 そうだ。今、思い出したけれど。

 この小説を読んだことも、ボクのに活かされていたんだった。


 ……。


 ともかく。


 ボクたちの交際は非性的プラトニック純粋プリミティブなものだった。


 そこにあるのは文章によるコミュニケーションだ。

 用いるのは、わずか二、三行のセンテンスで構成される短文。

 それをリアルタイムでやり取りするオンラインの恋だ。


 ボクは電話よりも、手紙よりも、電報のコミュニケーションを好んだ。

 文章による表現と、素早いレスポンス。

 この形態こそがボクたちのユーモアを示せる最上のものと信じたんだ。


 ある日のこと。


 ボクはとうとう、彼女に告白した。

 思いを打ち明けた。


「ボクはヘレナ・ブレットを愛している」――。

 あなたの人生を支える、もう二本の足になりたいと。


 断っておくが、これは不倫ではない。

 ボクは彼女と肉体関係を持ちたいわけではないからだ。

 欲しいのはヘレナの心だったんだ。


 そして――なんと、彼女はボクを受け入れてくれた!


 ここがボクの人生の頂点だったのかもしれない。

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