第八章 どうか、この方に神々の恩恵を。どうか、この方に神々の愛を

第17話 刺激の強い話

「どうかしましたか?」


 話を中断し何やら考え出したレクミラに、カエムワセトが訊ねた。


「いえ、あのね」


 と言ったレクミラが、天井付近を見ながら、「うーん」と唸る。

 暫く考えていたレクミラだったが、やがてカエムワセトに顔を向けて、小首を傾げた。


「ここから、お子様にはかなり刺激が強いけれど話していいのかしら?」


 あ~、なるほど。


 カカル以外の面々が、レクミラの膨らんだ下腹に注目する。


 そろそろ思い出話が佳境及び終盤に入るらしい。

 それにしても、これまで『押し倒す』だの『おっぱい』だの恥ずかしげもなく口に出していた割には、今更な質問である。


「オイラ全然平気っすよ?」


 がどう言った物なのか全く分っていないお子様のカカルが、空っぽな笑顔で首を傾げた。


「では、控えめにお願いします」


 カカルには少々早すぎる大人の話は避けたいが、ここでレクミラの話を中断させてしまうのは流石に無粋であるし周りから文句も出そうなので、カエムワセトはあいだをとって要求した。


「ええっ!」


 その途端、ライラが残念そうな声を上げる。


 普段、むさ苦しい筋肉馬鹿どもの調教と鍛錬で潤いのない生活を強いられている乙女は、すっかりレクミラの恋話に呑みこまれてしまったようだ。


「詳細が知りたきゃ個人的に聞きに行けよ。――おいワセト。こいつに一日休みやれ」


 アーデスは顔をしかめ、自分とライラの主人であるカエムワセトに休暇の手配を求める。

 それを聞いたライラは、ぶんぶんと首を横に振って、力いっぱい休暇を辞退した。


「大丈夫です! 私は無休で殿下に御仕えするのが喜びなので!」


 カエムワセトに心酔している女戦士は、大した奴隷根性の持ち主だった。


「ライラは働き過ぎだと思うけれど」


 ライラの幼馴染であり主人でもあるエジプト第四王子カエムワセトは、困り顔で笑う。


 驚くべきことに、ライラはカエムワセトに再会した五年前から一度も休みを取っていない。

 元来健康で体調を崩したことがないというのもあるが、ライラは軍から与えられる休暇の日は、率先してカエムワセトの護衛として一日中付き従う。故に、一年を通じて無休となるわけである。


 軍の休日に合わせてカエムワセトが護衛の休みを与えようとしても、ライラは頑としてそれを受け入れないのが毎度のやり取りだった。


 ライラは、カエムワセトの傍にいられるなら刑罰並みの労働環境でさえ甘んじて受け入れる、『恋する働きアリ』として、城では有名である。


「貴方達の関係も興味深いわね」


 レクミラは、一種独特な空気感を持っているカエムワセトとライラの関係を知り、目を輝かせた。

 いつの時代でも、他人の色恋沙汰は無責任に楽しめて面白いものである。


 レクミラの台詞を聞いたライラが全身真っ赤にして、拳を握り立ち上がる。


「わわわわ私はでで殿下のお役に立つのが喜びであるだけで決してレクミラ様のようにおおおおおし倒そうなどと考えた事はいい一度たりとも断じてございません!」


 上ずりどもりながら涙目で訴えてきたライラを、レクミラは呆気にとられて眺めた。爆発したように興奮状態に陥ったライラはひとまずそっとしておき、事情をよく知っていそうなアーデスに一言。


「重症ね」


 と感想を述べる。


「これさえなけりゃこいつは極めて優秀な軍人なんだがな」


 先の魔物戦で、カエムワセトに対するライラの想いが想像以上にこじれていると知ったアーデスは、ガリガリと頭を掻きながらぼやいた。

 カエムワセトは、申し訳なさそうな顔をしながらも沈黙を貫いている。


 レクミラが観察していた限りでは、カエムワセトもライラを憎からず想っているように見えた。がしかし、この二人にも他者では推し量れない事情というものがあるのだろう。 

 何より、若い彼らにはまだまだ時間があるのだから、多少の遠回りくらいはむしろいい塩梅スパイスとなるだろう。

 レクミラはそのように結論付ける。


「まあ、いずれなるようになるものよ」


 年長者として色々と気苦労が多いアーデスを、レクミラがポケッとした笑顔で励ます。


 正に『なるようになった』体現者であるレクミラに、アーデスは何も言えず、「そうですね」と同意した。


 魔物戦では、カエムワセトの代わりに矢を受け死にかけたライラである。

 カエムワセトは、自分の為に家臣が命をかける事をよしとしない。しかしアーデスは、ライラの行動それ自体は忠臣として間違っているとは思わない。恐らく、同じ状況であればアーデスもライラと同じように盾になっただろう。

 だがアーデスには、このあまりに強すぎるライラの忠義心が、冷静な判断が必要な時に選択を誤らせる原因になるのではないかという懸念も有った。



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