第20話 「テープ」「ロープ」「ホープ」

 ある小さな国の小さな村。

 そこに、テープ、ロープ、ホープという名前の三人きょうだいがいた。三人は歳老いた父親と共に小さな畑を耕して、どうにか暮らしを立てていた。

 そんなある日、父親が三人を枕元に呼んだ。

 「お前たち。わしはどうやらこれまでのようだ。わしの死んだあとまで、お前たちをこの小さな畑に縛りつけておくのは心苦しい。わしが死んだら畑はすべて売り払って金にかえ、町に出て、それぞれに暮らしていくすべを見つけてこい」

 それが、父親の遺言ゆいごんとなった。

 三人は父親の葬儀そうぎを済ませると、遺言ゆいごんどおりに畑を売って資金にかえ、それぞれの方向に向かって進み出した。

 「三年間、みっちり修行を積んで、ひとかどの人物になったら、またこの家に戻ってきましょう」

 テープ姉さんのその一言を心にとめて。三人はそれぞれの場所でそれぞれに修行を積み、それぞれに優れた腕を身につけた。

 そして、約束通り、三年後、すっかりボロボロになった家の前で再会した。

 「久しぶりね。ふたりとも、立派になって」

 「うん。姉さんはますますきれいになったな。ホープもずいぶん背が伸びた」

 「ロープ兄さんこそ、すっかりたくましくなったじゃないか」

 「ところで、あなたたちはどんな修行をしてきたの?」

 「そう言う姉さんは、どうなんだい?」

 「あたしは旅先で出会った師匠から、なんでも貼りつけることの出来る技を教わったわ」

 テープ姉さんはそう言うと風のように動き、ボロボロになった家を貼りつけ、貼りなおし、すっかり新築同然にしてしまった。

 「すごいや。さすが、テープ姉さんだ。でも、おれだって負けてないぜ。おれは旅先で知りあった師匠から、なんでもつなげる技を教わったんだ」

 ロープ兄さんはそう言うとするすると木に登り、枝葉同士をどんどんつないで空中に伸びる長い道を完成させた。

 「すごいわ。さすが、ロープね。それで、ホープ。あなたはなにを学んできたの?」

 「うん。僕はマンガの描き方を教わってきたんだ」

 「マンガだって⁉」

 無邪気な笑顔でそう言うホープに対し、テープ姉さんとロープ兄さんはあきれた声を出した。

 「……ホープ。あんたは昔から夢見がちな子だったけど」

 「よりによって、マンガなんて実際の役に立たない技を身につけてくるなんて……」

 「どうしてさ? いいじゃないか。僕はマンガを描いて、人々を幸せにしたいんだ」

 「……まあ、あんたがそれでいいならいいけど」

 三人はそれからまた小さな村で暮らしはじめた。

 テープ姉さんとロープ兄さんは身につけた技で商売をはじめ、大成功していた。一方、ホープは売れないマンガを細々と描きつづけ、時折、森で木の実や野草を採取したり、ちょっとした罠でリスやウサギを捕まえて食べたりして、どうにか暮らしていた。

 やがて、戦争が起こった。

 隣の大国が突如として攻めてきたのだ。

 「こうしてはいられないわ! この国のひとりとして、国を守りに行かなくちゃ」

 「そうとも! いまこそ、おれたちの腕の見せ所だぜ」

 「テープ姉さん、ロープ兄さん。僕も行くよ」

 「なんですって⁉」

 「おい、やめとけよ。マンガを描くしか能のないお前が戦場に行ったって、なんの役にも立つわけが……」

 「マンガにはマンガにしか出来ないことがあるよ。僕だってこの国の人間なんだ。この国を守りたいんだ」

 まあ、とにかく、国を守る気概があるのはいいことだ。

 と言うわけで三人はさっそく、戦場に向かった。

 テープ姉さんはなんでも貼りつけるその技で鎧でも、大砲でも、防壁でも、なんでも直して大活躍した。

 ロープ兄さんもなんでもつなげてしまうその技でどんどん道を作り、人や物を運べるようにすることで敵の裏をかく活躍振りだった。

 そのなかで、ホープはやっぱり役に立たず、ひとりで黙々とマンガを描いてばかりいた。

 戦争は一年の長きにわたってつづいた。

 ホープたちの国はよく持ちこたえていたが一年もたてばやはり、国力の差がものを言ってくる。ホープたちの国はジリジリと押されはじめた。人々の間には絶望が生まれはじめた。

 「ああ、もうダメだ。もうじき、この国は敵の大軍に飲み込まれる」

 そんな声があちこちからもれはじめ、戦場から逃げ出す兵士も増えはじめた。

 テープ姉さんと、ロープ兄さんは、そんななかでも自分の技を使って必死に戦っていた。しかし、それももう限界。目の前には敵国の大軍が迫っていた。

 「ああ、もうダメだ! わしらは皆殺しにされるんだ」

 国中の人々がうめいた。

 絶望した。

 そのときだ。戦場の空を覆わんばかりに巨大な凧が幾つも舞いあがった。そこにはなんとも明るい絵柄のマンガが描かれていた。

 そのマンガのなかには、敵軍がいかに統率がとれておらず、いやいや戦っているか、それに引き替え、自分たちの国は、兵士どころか町の子どもにいたるまでが国を守るために心をひとつにして奮闘している姿が描かれていた。そして、最後には、敵の侵略を退けて笑顔と歓喜に満ちあふれた人々の姿が描かれていた。

 それは、ホープの描いたマンガだった。

 「みんな! 勇気を出せ、希望をもつんだ! 敵軍はたしかに数は多い。でも、無理やり動員されて、いやいや戦っているに過ぎない! それに引き替え、僕たちは町の子どもにいたるまで国を守るために一丸になって戦っている! だから、勝つ。絶対、勝てる。僕たちは勝てるんだ! みんなで勝利の笑顔を手に入れるんだ!」

 凧に描かれているマンガを見た人々は勇気と、なによりも希望を取り戻した。そこに描かれている笑顔と歓喜を手に入れるべく力を振り絞った。一方、敵の兵士たちはそのマンガを見て、ホープの国の人たちがいかに勇敢か、いかに国を守ろうとの決意に固まっているかを思い知り、『これは勝てない』と思いはじめた。士気は崩れ、圧倒的な数にもかかわらず、ホープの国の人々の勇気に押されて撤退した。

 ホープの国は勝利したのだ。

 勝利後のパレード。ホープがマンガに描いたとおりの笑顔と歓喜のその場で、国王は三人のきょうだいを招いた。

 「このたびの戦いでのその方たちの活躍、実に見事であった。ついては、そなたたちのいずれかに国王の地位を譲り、この国を任せたい」

 それを聞いたテープ姉さんとロープ兄さんは口をそろえて言った。

 「人々に希望ホープを与えることの出来るホープこそ、誰よりも国王にふさわしい」

 そして、ホープは新しい王となった。

 テープ姉さんとロープ兄さんはその下で大臣となった。

 ホープは国王となってからもマンガを描きつづけた。マンガのなかに『目指すべき未来』を描き、人々に勇気と希望を与え、国をひとつにした。そして、テープ姉さんとロープ兄さんが実務を取り仕切った。

 そうして、ホープの国はかつてない繁栄を遂げた。人々は末永く幸せに暮らし、三人のきょうだいは死後、その活躍を讃えられ、ひとつの墓に葬られた。

 めでたし、めでたし。

                  完

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