第56話 【実況】#14 ワイ氏、Aランクダンジョン『死霊の臓物』に挑戦

「や……やめろ! やめてくれえええーっ!」


 ボクは床に這いつくばったまま、懇願する。


 オッズの一撃で、全身の骨が砕け、内臓の一部が腹からはみ出していた。

 皮肉にも『死霊の臓物』という言葉を自らで体現しているような状態だ。

 

 しかし――

 

 

《こいつ、再生してる!?》

《オッズ氏そっくりだな》


 

 常人なら即死しているはずのボクの傷は、すさまじい勢いで治ろうとしていた。


「へえ……死んだあとの復活ってこんな感じなのか」


 オッズがボクを見下ろしながら、呟く。

 

「自分でいうのもなんだけど、たしかにキモいな……」

 

 スキル『無事死亡』。


 どうやら、『来世に期待』とやらの影響で、不死の根源たるそのスキルが、ボクに引き継がれているらしい。

 同じく引き継いだステータスが凡人以下なので、文字通り手も足も出ない状態だが。


「しかし、これではこの男にとどめをさせませんね」


 トレ坊の女探索者がオッズに告げる。


「そうですね。でも、『来世に期待』を解除すれば、この人は怪我を負ったまま、元の状態に戻るはずです」

「ま、待て。やめろ――」

「では、今のうちに短剣で心臓を串刺しにしておきましょう。そうすれば、元のバンパイアに戻った瞬間、死亡するはずですので」


 床に転がりながら叛意を促すボクを、冷ややかな目で見下ろす女。


「待ってくれ! 殺さないでくれ! 心臓に剣なんて打ち込まないでくれえ!」

 

 ボクは必死に命乞いするを続けた。


 そう。

 ボクはただ追い詰められた演技をしているだけだ。

 

 たとえ胸に杭を打たれようとも、ボクはけして滅びない。


 

 ――なぜなら、ボクの本体は別の場所にあるからだ


 

 ボクは、このダンジョンの遥か下層、最深部に隠してある本体へと意識を戻した。


 1辺1メートルの正方形の石室。

 部屋というよりは箱に近いそのスペースに、ボクの心臓は安置されている。


 室内に存在するのは、心臓を除けば魔法陣だけだ。

 入り口もなければ、空気穴もない。


「やめろ~、やめてくれえ~」


 ボクは、遥かに隔たった場所にある肉体を操り、喚き続けた。

 今の状態を説明するのは難しいが、こちらの世界風にいうと、「アバターを操作している」というのが近いだろうか。


 とにかく、操り人形たる自分の体がどうなろうと、この心臓さえ無事ならボクは生きながらえることができるのだ。


「リーダーの……あの人の仇を取らせてもらうぞ」


 女探索者が、怨念の籠った声を上げると、懐から取り出した短剣を振りかざした。


「や、やめろ~、やめてくれ~」


 ――馬鹿が

 

 そんな物をこの体に突き刺したところで、仇なんてとれないんだよ。


 この部屋はボク以外は出入りできない完全な密室だ。

 誰も僕に手出しはできないのさ。


「ヤメテクレ~、オネガイダー」


 半分棒読みで哀願を繰り返しているうちに、ボクはふといいアイデアを思いついた。


 そうだ。

 こいつは殺さないで、ボクの眷属にしよう。

 いつまでも生かさず殺さず飼い続けていれば、永遠にあの世の恋人と再会できないだろう?

 

 自分の妙案に、にやにやしかけて、ボクは慌てて顔を伏せる。


「ヤメテクレ~、オネガイダー」 


 このボクにこんな屈辱を味わわせているんだ。

 こいつら全員ただでは殺さず、ボク同様の辱めを受けさせてやる。

 

 ボクはふと、眼前の女の手が震えていることに気付いた。

 目に涙を浮かべ、憎しみのこもった眼差しをこちらに向けている。


「あの世で私の婚約者に詫びろ!」


 ――ぷっ


 おっと、いけないいけない。危うく吹き出しそうになってしまったよ。


「ヤメロ~、ヤメテクレ~」


 残念だけど、君のフィアンセに会う予定は当面ないよ。

 ボクも君自身もね♪

 

 トレ坊の猟犬たちが、ボクの体を押さえつけた。

 シャツを破き、ボクの胸元を露わにする。


 

《なんだこいつ? 胸に魔法陣が彫ってあるぞ》

《転送魔法陣と文様が同じだな》

《でも、なんで胸なんかに?》

 

 

 それこそが唯一のボクの本体へとつながる道さ。

 まあボンクラの君たちには永遠にわからないだろうけどね(笑)


 トレ坊の女リーダーは一瞬怪訝そうな表情になったが、涙を拭うと、改めてナイフを振り上げた。

 

 ――さて。それじゃあとは勝手にやってくれ


 ボクは肉体から意識をぷつっと切り離した。


 石室内の本体へと戻る。


 ここは静謐に満ちており、実に心が落ち着く。

 安全なこの場所で、のんびり新しい体を作り始めるとしよう。


 その時、ボクの胸にちくりと痛みが走った。


 ……?

 なんだ?

 肉体との意識の切断が完全ではなかったのか?


 僕は再度意識を、身体へと戻した。

 視界に、短剣を振り上げる女探索者が映る。


 ……………………え?

 まだ胸に剣を刺されていない?


 


 再び痛みが走った。

 それも先程とは比較にならないほどの激痛だ。


 まるで焼き鏝を押し付けられたような、灼熱の痛み――


「グギギギギギギッ!?」


 思わず、心臓に口を生やして、叫び声を上げる。


 その途端、ドロリとしたものが口腔内に侵入してきた。


 そこに至って、僕は初めて気付いた。


 この痛みは遠く離れた肉体から感じるものではない。

 いまが感じているものだ。


 僕は、心臓の表面に目を生やすと、状況を確認した。


 心臓の左側に、焼け爛れたあとがあった。

 どうやらこの箇所が溶けて流れたものが、さっき僕の口に入ってきたらしい。


 しかし、いったいなぜ――

 

 

 ぽたり。


 

 なにかの雫が心臓ボクの上に垂れてきた。


 途端、再度あの強烈な激痛が走る。


「グギャアアアアアアアッ!?」


 なんだこれは?

 酸……?


 そう。

 強烈な酸だ!

 

 しかし、なぜこんな場所に……?


 ボクは視線を上に向けた。

 完全密閉されているはずの天井に、丸い穴が穿たれている。

 穴はトンネルのように遥か上方まで続いていた。

 

 だが、おかしい。

 この石室の真上には、いかなる構造物も存在しないはずだ。

 ダンジョンマスターたるボクがそのように造ったのだ。


 唯一あるのは、ボクの書斎のみのはず……。


 そこまで考えたところで、ボクはギョッと目を見開いた。


 天井の穴の縁から、大量の粘膜が垂れ下がっている。

 

 間違いなく、強酸だ。

 あんなものがボクの上に落下してきたら…………。


 次の瞬間、限界まで垂れ下がっていた液体が、ダバーッとボクの上に落ちかかってきた。


「#%$、*****ー@」


 ほぼ反射的に、転移魔法を叫ぶ。



 ヒュッ――



 僕は、石室内から自分の肉体へとテレポートした。


 …………危ない。間一髪だ。

 もう一瞬遅れていたら、アウトだった。


 ところで、こっちの状況はどうなってたんだっけ?


 ボクは目を開いた。


 視界一杯に、怒りに満ちたトレ坊パーティの人間たちの顔が映った。


「あ――――」


 

 ――ズグッ

 


 ボクの胸に銀色のナイフが突き立てられる。

 その鋭い切っ先は、たった今、転送してきたボクの心臓の中心を正確に貫いていた。


「ぎいいいいいいいやあああああああああっっっっっっっ!」

「さて、あとは『来世に期待』を解除するだけだね。ひいらぎさん、お願いできる?」

「了解」


 オッズは、フェンリルナイトに自ら首を差し出す。


「や…………やめろ! やめてくれえええええっっっ!!!」


 今度こそ、演技ではない、本物の命乞いがボクの喉から迸った。


 目に涙を浮かべ、涎と鼻水まで垂れ流して哀願するが、誰もが――リスナーたちまでもが――無視して、成り行きを見守っていた。


 ヒュッ、と女の剣が閃き、少年の首が落ちた。


 瞬間、スキルが解除され、入れ替わっていたボクのステータスが戻った。


 ――本体に短剣が突き刺さったまま


「ぐぎゃあああああああああっっっっっっっっ!」


 その醜い悲鳴が、ボクの発した最後の言葉となった。


 次の瞬間、ボクという存在は、灰になってこの世から完全に消滅した。

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