第49話 【実況】#9 ワイ氏、Aランクダンジョン『死霊の臓物』に挑戦

 ――ユニークスキル『操神そうしん


 それがワタシの能力だ。


 ワタシはありとあらゆる物を自分の神経を介して操ることができる。

 時間を操作する魔法は、正確にはそのスキルツリーから派生したものに過ぎない。


 ワタシはある豪商の次男として生まれた。

 幼少の頃から見目麗しく、成長すると国一番の美男と言われるまでになった。


 が、花の命は短い。

 なまじ元が良かったがゆえに、ワタシは加齢とともに、否応なく自身の衰えと向き合うこととなった。


 鏡を見るたび、見知らぬ人間のようになった皺だらけの男がこちらを見つめ返してくる。

 次第に、ワタシは老いてゆくのが恐ろしくなり、老化阻止――こちらの世界でいうところの「アンチエイジング」に没頭するようになっていった。


 時間操作魔法を始め、ありとあらゆる手段を講じたが、それでも日に日に死の足音が近づいてくるのを感じる。


 孫が遊びにやってきたのは、そんな時だ。


 ――おじいちゃん、お疲れさま


 彼は、部屋にこもるワタシの元に食事を運んできた。

 幼少の頃のワタシにそっくりの美しい容貌の男の子だ。


 その姿があまりにも眩しく生気に輝いていたので、気が付けばワタシは彼の体を乗っ取っていた。


 限界まで極めた操神スキルは、他者の肉体に自分の脳と神経細胞のみを移して、それを操ることを可能にしていたのだ。


 しばらくは孫のふりをして生活していたものの、いつまでも気付かれないはずもなく、ほどなくワタシは逃亡生活を余儀なくされることとなった。


 ある日、身内の追跡から逃れるため、とあるダンジョンに潜り込んだワタシは、そこが人目を避けて暮らすには最適な環境であることに気付いた。


 

 ――今は若いこの肉体もいずれは老いる


 

 そのことを熟知していたワタシは、研究を再開した。


 ダンジョンに来る者を捕獲しては実験を繰り返す。


 不思議なことに、このダンジョンには、ワタシと同じく、死から逃れるための研究をする者が多く住みつき、迷宮内は彼らの実験台となった成れの果てで溢れかえっていた。


 いつしか、人々はこのダンジョンを『死霊の臓物』と呼ぶようになっていた。


 皮肉なものだ。

 実際には、死から逃れたいという執念のもと、生に執着する者ばかりが集まっているというのに。


 そんなある日、一人の男がワタシの元を訪れた。


 ――これからこのダンジョンは地球という異世界に転移します


 彼はワタシにそう告げた。


 ――つきましては、あなたもぜひ一緒に転移して頂きたい。ああ、大丈夫。あちらの世界でもあなたのには事欠きませんよ


 ワタシはその誘いに乗った。


 転移した者は、ワタシを含め3人。

 男はワタシたちに、この世界での身分を用意し、基本的な情報を伝授した。


 ワタシたちは『カシナートの翼』というパーティを組み、表向きは探索者として振る舞いながら、密かに機会を待ち続けた。


 自分たちの悲願を果たしうる、最高の素材と巡り合う機会を――




「そして、ようやく君と巡り会えたというわけだよ、オッズ君」


 ワタシはほくそ笑みながら、眼前の少年に告げた。


 ワタシの完成させた老化阻止方法は、自らに強力な遅延魔法を施すというものだ。

 

 肉体の時間の歩みを極限まで遅くする。

 それこそ、生命のない人形に見えるほどに。


 そして、その肉体を内部から神経細胞を介して、『操神』で操るのだ。


 いうなれば、肉でできた操り人形である。


「欠点は、動きがどうしてもぎこちなくなってしまうことだ。君もワタシの動きや喋り方がギクシャクしていて変だと思っただろう? もっとも、もうこの体は不要なので、術は解いたがね」


 ワタシは眼前のオッズ少年に尋ねる。


「――――――」


《どうしたんだオッズ氏?》

《身動き一つしないぞ》

《敵の術にハマっちゃったんじゃね?》

《でも、なんにも見えねーぞ?》


 そう。

 微細すぎて見えないだろうが、すでに辺り一帯には、ワタシの神経細胞が植物の根のように張り巡らせてある。


 これに引っかかったが最後、相手の動きを封じるも、時間を加速させて老化させるも、すべてワタシの意思次第になる。


「どれほど老化を遅らせようと、この肉体もやがては老い、朽ち果ててしまう。しかし、ワタシが君の体を利用すれば、永遠不変の肉体を生み出すことも可能だ!」


 低い笑い声がワタシの口から漏れた。


「もっとも君はその恩恵に与れないがね」


 ヒュッと空を切り裂く音が聞こえた。


 ワタシの目と鼻の先に、寸止めするように何かが突き出されている。


 剣先だ。


「さすがS級探索者。よく神経の根に引っかかることなく、そこまで動けたものだ」

「く…………!」

「しかし、はそうではなかったようだな」


 フェンリルナイトの腕を、横から女探索者がガッチリ掴んでいる。

 ワタシに剣が届かなかったのは、そのためだ。


「ごめんなさい……体が勝手に」


 こいつは『トレ坊の猟犬』の現リーダーだったか。

 名前は……まあいいか。こんな女の名前なんぞは。


 ワタシはオッズ少年に向き直る。


「これから君の脳味噌を摘出し、代わりにワタシの脳髄と神経がその肉体に入る。大切に扱わせてもらうよ。ああ、あと、取り出した君の脳は、魔法陣で作った檻の中に封じさせてもらう。放っておくと、復活してしまうからね」


 ワタシは満面の笑みを浮かべながら、彼の頭に手を伸ばした。

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