第46話 【一方、その頃】② ー真由香ー

 壁に叩きつけられる寸前、僕は絶叫した。


「#%$、*****ー@」


 叫び終えると同時に、視界がふっと切り替わる。

 つい先程まで目前に迫っていたダンジョンの壁面ではなく、ピンクの脈打つ肉の壁が僕の視界を覆い尽くした。


 ――危なかった


 どうやら、ぎりぎりで転移に間に合ったらしい。


 思わず、ほっと胸を撫でおろす。

 といっても、今の僕は首から上しか存在しないため、撫でおろす胸もなかったが。


 ――あのゴミムシ共が……

 

 窮地を脱すると、僕の胸にふつふつと怒りがこみあげてくる。


 ……この僕に、死の恐怖というこの世でもっとも感じたくないものを味わわせやがって。


 だが――


 僕はにやりとほくそ笑んだ。


 ここにいる限り、奴らはけっして僕を見つけることはできまい。


 僕は辺りを見回す。

 気のせいか、少し暑いような気もするが、さすがの僕もと接続したのは初めての経験なので、まあこんなものだろう。

 

 そう。

 ここはモンスターの体内だ。


 常に用心を怠らない僕は、いざという時のために緊急脱出先を準備していたのである。


 このエビルウミウシはただのダンジョンに生息しているモンスターなどでは断じてない。

 品種改良を重ね、さらにそれらのモンスターを複数体組み合わせた、特別な魔物なのだ。


 刺突にも斬撃にも強く、火属性、氷属性すべて無効。

 おまけに猛毒を持つときている。


 見た目もあえて紫と青のまだら模様という『いかにも』な外見にしたため、普通の探索者なら、まず近付かないはずである。

 隠れ家としてはうってつけというわけだ(ちょっと臭いが)。


 そして、僕はこいつの体内に転移魔法陣を仕込んでおいた。


 あとはお察しだろう。

 


 ――しかし、熱いな。


 

 僕は額に汗が浮かぶのを感じた。

 

 ……まあいい。

 とりあえず、ここで奴らの追跡をやり過ごし、油断したところを襲ってやる。

 あの不死身の小僧の肉体さえ手に入れてしまえば、こちらのものだ。

 

 僕はさっそく逆転のためのプランを練ろうとしたが、その時ふと気付いた。


 …………いや、いくらなんでも熱過ぎやしないか? 『暑さ』ではなく、いつの間にか『熱さ』に感覚が切り替わっているし。


 僕は、キョロキョロと落ち着きなく、周囲に目を走らせる。


 ふと、エビルウミウシの内臓の壁が随分薄いことに気付いた。

 壁を透かして、外の様子が見えるぐらいだ。

 

 しばらく眺めているうちに、徐々に状況が理解できた。

 このエビルウミウシは、どうやら半透明な液体状のものに、全身をすっぽり包み込まれているらしい。


 さらに、その向こうにはダンジョンの風景が見え、一人の女が立っているのが映った。


「ふぅ、すっきりしたー。それじゃ配信再開でーす」


 ぼやけた視界でもわかるぐらい、ぶりっ子な笑みを浮かべ、そう宣言する女。

 

《しょんべんお疲れさまです》

《オッズさんの配信が落ち着いたから、渋で見にきてやりましたお》

《で、うんこ出た?》


「え? やだな~、お花を摘みに行ってただけですよぉー☆ っていうか、女性の配信に下種なコメ入れちゃダメですよ? ……通報すんぞコラ!」

 

《微妙に本性を隠しきれてなくて草》

《自分のこれまでの下種さは棚上げですか? さすがです!》

《同時接続人数3名、本当におめでとう(笑) ちなみにオッズ氏は300万人超えてたよ》


 どうやらこの女は探索者で、しかも配信中らしい。

 

 ……というか誰だっけ? どっかで見たことあるような。


 そうだ。

 たしかリューショージャーとかいうパーティのテイマーじゃないか?


「はーい、皆さん、注目でーす。まゆゆんがお花を摘みに行っている間に、だいぶスラ美ちゃんの消化が進んだみたいですね~」


 ――え?


「見てのとーり、この貪欲スライムちゃんは、相手が毒を持っていようと、容赦なく溶かして養分にしちゃいまーす」


 ――ええ!?


 ど、どどど、どどどどどど貪欲スライムぅ!?

 なんで、エビルウミウシの唯一の天敵がこのダンジョン内に!?


 そこで、僕は恐ろしいことに思い当たった。


 …………まさかこいつのテイムモンスターなのか?

 

 僕は、エビルウミウシの中に、自らを転送してしまった?


 ていうか、熱い熱い熱い熱いあちちちちちちちちちちちちっっっっっっっ!


「#%$、*****ー@」

 

 僕はたまらず、転移魔法を唱えた。


 しかし、なにも起こらない。


 半ばパニックをおこしかけた僕は、本日、何度目になるかわからない絶望的な事実に気付かされる。

 

 ………………転移魔法陣自体が溶けちまってる。つまり――


 

 


 

 そんな馬鹿な……。

 もうちょっとで僕が長年夢にまで見た、完全な肉体が手に入るっていうのに?

 

 こんなわけわかんない死に方、嫌過ぎだろ!?


「じに゛だぐな゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛~、あ゛づい゛よ、誰かだずげでぐれ゛え゛え゛え゛え゛――」

 

 

*****


 

「はーい、完全に消化できましたね~、スラ美ちゃん、えらいえらい♡」


 私は男子を魅惑する完璧な笑みエンジェルまゆゆんスマイルをドローンに向ける。

 

 どんなにリスナーが反感を抱いていようが、この笑顔さえ投げときゃイチコロってもんよ、ひひ。


 ちなみに『お花を摘みにいく』は、おしっこしに行くの隠語ね。

 本当は大がハードだったんだけど、美少女はう○こなんてしないから、配信で言うわけねーだろ(笑)


『レベルアップしました』

『レベルアップしました』

『レベルアップしました』


「?」


 ふいに頭の中で響いた声に、私は小首を傾げる。

 

 なんかすごーく経験値が入ってきたみたいだけど、このキモいモンスター、そんなにやばい奴だったのかな?

 テイムしたほうが良かったかもだけど、見た目もキモかったし、まあいっか。

 

 と、スラ美が全身をわななかせた。

 ゼリー状の体の下部から、「ブリッ」っと音を立てて、野球のボールぐらいの丸い塊が飛び出してくる。


「あれぇ~☆ スラ美ちゃんウンチしちゃったみたいですねぇー。かるーく放送事故っぽいけど、ペットのおちゃめだから許してあげてねっ♡」


《も、ってことは、やっぱりおまえも、うんこしてたんじゃん》


「――あ」


《うかつにも、大きいお花摘みだったって、全国のお茶の間に公開しちゃったね》

《いや、そこは野グソでいいだろ》


「いやあああああああああっっっっっっっ!」 

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