第13話 【実況】#1 ワイ氏、Aランクダンジョン『死の顎』に挑戦

 昨夜のこと。

 

 とあるAランクパーティが『死のあぎと』と呼ばれるダンジョンに潜った。

 それから24時間後、いまだダンジョン内にいるパーティリーダーから、密かに救難要請が送信された。


 いわく――

 

『仲間の一人が転送罠にて、未踏破エリアに飛ばされた。自力での救助は困難。至急、助力を求む』


「どうやら何人かの探索者に同じ内容を送ったらしいんだけど、そのうちの一人が私だったの」

「でも、なんでこっそりDMなんかで送ってきたんだろう?」


 ひいらぎさんの発言に小首を傾げる僕。

 

 国はダンジョン探索を積極的に後押ししている。

 ダンジョンは放置しておくと、様々な弊害を起こすからだ。

 

 ダンジョン病はもとより、モンスターのスタンピードやダンジョン周辺の生態系の変異、果ては近隣の市町村で死人が生き返るようになってしまったなどという事例も報告されている。


 そういった事態を未然に防ぐためには、ダンジョンの不活性化――つまりクリアが必要となる。

 なので、国は探索者たちを手厚くバックアップしているのだが……。


「たしかに、事を公にして大々的に助けを求めるべきよね」


 僕は、さっき柊さんに見せてもらった動画を思い出す。

 救難要請と一緒にDMで送られてきたそうだけど、ずいぶん不吉な終わり方だった……。


「とりあえず、現地に行ってみるしかないわね」




 理由はすぐ明らかになった。


「転送トラップなんて、どこにも見当たらないが……」


 ダンジョンマップを眺めつつ、柊さんが呟く。


 件のパーティから受け取ったその地図には、現時点で踏破済みのエリアが克明に記されていた。

 でも、彼女の言うとおり、どこを見ても転送トラップのての字も存在しなかったのだ。


「……私たちのパーティは、前々からある魔法の研究を進めていたの」


 パーティリーダーと思しき女性が重苦しい声で、告げた。


「その魔法とは?」

「転移魔法よ」


 転移魔法とは、ダンジョンの踏破済みの場所に、瞬時に移動する魔法だ。

 この上なく有用だが、大変レアなスキルだと聞いたことがある。


「我々は、転移魔法を改良して、未踏破エリアにも移動できるようにしたの」


 思わず、自分の耳を疑う。

 

 転移魔法でまだ誰も見たこともない場所まで行けるようになれば、これまでの迷宮探索が一変するだろう。


「そして、昨日初めてそのテストを行った」

「…………その結果、が起こったわけか」


 リーダーは一瞬険しい顔を見せたが、ゆっくり首肯する。

 

 柊さんは腕を組んで考え込んだ。


 ちなみに今の彼女は、白銀の鎧に全身を固め、スライド式の面頬で顔を覆っている。

 声も低くして男性っぽい口調にしているため、誰も彼女を女性だとは思わないだろう。


「なぜ救難要請で転送罠と偽った?」

「それは…………」


 苦虫をかみつぶしたような表情になるリーダー。


「危険なことをしてたのがバレたくなかったからじゃない?」


 口ごもる彼に代わって、僕がこたえる。


「……どういうことか説明してくれるかな?」

「未踏破エリアへの転移なんて、普通に考えてリスクが高いと思う。壁の中に転移しちゃったら即死だし」

「我々はそのあたりも考慮して、『これなら安全』というところまで改良を重ねたのよ!」

「でも、リスクを完全に排除するところまではいかなかったのでは?」

「…………」


 リーダーの沈黙がこたえだった。


「……では、とりあえずそのあたりは置いておくとして、改めて現状を確認したい」

 

 柊さんはリーダーに向き直る。


のは何人だ?」

「一名よ」

「場所の特定は?」

「ドローンが壊れる前の位置情報によると、ここよ」


 リーダーが地図の一点を示す。


 僕たちは現在、死の顎1Fの中ほどにある小部屋にいたが、それほど遠くない場所に丸印が付けられていた。


「近いな」

「ああ。でも……」


 その先は言わなくても僕にもわかった。

 丸印の周辺にはなにも記されていない。

 

 未踏破ゾーンだ。


「話はわかった。さて、これからどうするかだが……オッズ君、なにか提案はあるかな?」

 

 水を向けられた僕は、しばし黙考したのち、口を開く。


「まず、パーティのみなさんにはいったん地上に戻ってもらった方が良いかと思います」

「え……」

「ギルドにきちんと状況を説明して、救援を要請する。そうしないと誰も助けにきてくれないかと」

「私も同意見だ。あんなDM一通では、よほどの物好きでもない限り、危険なAランクダンジョンまで来たいとは思わないだろう」

 

 現に、この場には僕たち二人以外誰の姿もない。

 でも、柊さん……それって自分のことを『よほどの物好き』って言っているようなものだけど。

 

「…………わかったわ。そうします」


 リーダーは他のパーティ面子を連れて、地上へ向かった。

 


 

「さて。私たちはどうしよう?」 


 二人きりになると、柊さんが尋ねてきた。

 

「今後の流れだけど、まずギルドで捜索隊が編成されると思う」

「そうだね」

「彼らの到着までに、できる限りこの丸印までのルートを調べておくっていうのは、どうかな?」

「まあ、そのあたりが妥当な線ね」


 方針を定めると、僕たちは手始めに既知のエリアと未踏破エリアの境界へと向かうことにした。


「それじゃ、ドローンを起動させるよ」

「了解」


 柊さんの了承を得て、僕は自分のドローンを立ち上げた。

 

 

*****


 

《久しぶりにオッズ氏が配信してると思ったら……やべえええええ、なにこの大広間!?》

《端から端まで全部トラップ床じゃねえかよ……》

《さすがのフェンリルナイト氏も呆然としとるやん》

《詰んだなコレwww》

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