第10話 【救国戦隊☆リュウショージャー】#3 高難易度、Aランクのダンジョンに挑みます! ―龍翔視点―

「はぁ……はぁ……こ、このあたりで休憩するぞ」


 俺は立ち止まって、他のパーティメンバーに告げた。

 膝に手を付き、乱れた呼吸を整える。


 ダンジョンを引き返し始めたものの、俺たちは苦戦していた。

 パーティメンバーが一人欠けたため、戦闘の難易度がにわかに跳ね上がったからだ。


「くそ、行きは楽勝だったのによぉ……」

「だから、わたし言ったじゃん! このダンジョンはまだ早いって」

「そうだぜ? Bランクのダンジョンにしとこうってみんな言ったのに、龍翔りゅうしょうが『配信映えするから』とか言って、一人で決めたんだぜ?」

「るせえっ! おまえらだって、『そーねそーね』とか脳みそお花畑で俺に同意してたじゃねえか! 仲間だったら、ちゃんと俺様を止めやがれってんだ!」

「はあ!? なにそれぇ???」

「さすがに引くぞ、龍翔……」

「えへえへへ……」


《揉めてんなあ》

《退却の時こそ、冷静さを保ってないと危ないのに》

《ていうか、アイテム士の女の子、アヘ顔になって、さっきからえへえへ言ってるけど、大丈夫なん?》

《なんかBランク以下にみえてきたわ、このパーティ》


「チッ……!」


 不快なコメントに思わず舌打ちする。

 

 ……我ながら気持ちに余裕がない。

 さっきの宝箱の件だけが原因じゃねえ。

 実をいうと、今日このダンジョンに潜り始めた時から、ずっとだ。

 

 なぜかいつもと違うプレッシャーを感じるのだ。

 なぜか…………。


 ふっと、りょうのバカ面が俺の心をよぎった。


 ――まさかあいつがいないせいで………………?


 俺はブンブン頭を振って、ばかげた思いを振り払う。


 何考えてんだ俺。

 あんな役立たずがいないから、どうだってんだ!?


 ――ガブリ


 ふいに俺の右腕に激痛が走る。


「い……痛でええええっっっ!?」


 いつの間にか、モンスターが忍び寄っていたのか?

 いや、違う――


「こいつ…………真由香まゆかがテイムしてるサーバルタイガーじゃねえかぁぁぁぁぁ!」


 痛みと驚愕で、絶叫する俺。


 愛称『サーベルちゃん』こと、サーバルタイガー(メス)は、口の端からだらだらと涎を垂らしながら、俺の腕をかじり続ける。

 

 サーベルちゃんの目は完全にイッていた。まるで脱法ドラックをキメたジャンキーみたいだ。


「お……おい、どうなってんだこれは!?」

「い、いうことを聞かないわ!? たぶんお腹が空き過ぎてるのよ」

「なにィっ!?」

「だから言ったじゃん! サーベルちゃんは大食漢だから、餌をたくさん与えてないとヤバイって!」


 くそ……配信映えすると思ってこのモンスターを用意させたが、まさかこんなことになるとは…………。


《なんか味方に食われてんだけど》

《こんなん見たことないわw》

《ひどく腹を空かせている様子だが、餌は携行していなかったのか?》


「いつもは、涼の奴を食わせてんだよ! だから、そこまで気が回らなかったんだよ!」


 痛みと恐怖で混乱している俺は、思わずそう叫び返してしまった。


《ええ!? 普段人を食わせてんの?》

《ドン引きやで……》

《通報しました》


「もう駄目だ……殺るしかねえ! かえで、手を貸せ!」

「や、やめてぇーっ!」


 俺は、楓と二人がかりで、サーベルちゃんを倒した。


「ひ、ひどい……」


 横たわるサーバルタイガーの脇にぺたんと座り込み、グズグズ泣く真由香。


《ペットはなにも悪くねえのにな……》

《ていうか、さっきからこのパーティクソ過ぎね?》

《通報しました》


 しかし、俺たちのさらなる試練はここからだった。


「! 龍翔、あ、あれっ!」


 楓が切迫した口調で告げる。

 彼女の指す先には、新手の魔物の群れが姿を覗かせていた。

 

 俺たちの騒ぎを聞きつけて、集まってきたのだ。


「グレートオークかよ……」


 思わず呻く俺。


 ベストの状態なら、そこまで脅威となる敵じゃない。


 だが、現在の俺は片腕を負傷、アイテム士のユルリはいまだ解毒剤の副作用で使い物にならねえし、テイムしているモンスターを失った真由香は、ただの木偶人形に等しい。


 この状況で複数体のグレートオークを相手にするのは、厳しいを通り越してもはや絶望的だ……。


「く……くそおおおおっっっっっ! ウチは、まだまだやりたいことがあるんだ! こんなとこで、くたばってたまるかあああっ!」


 ふいに楓が大声で叫び、敵に向かって突進した。


「うぉらぁっ!!!」


 背負っていたユルリを、オークに向かってブン投げる。


 えへえへ言いながら、パンツ丸出しで宙を飛ぶ、大病院の令嬢。


 意表を突かれたのか、オークたちは慌てて避けた。


「くらえっ!」


 その隙を付き、オークのわき腹にパンチを入れる楓。

 怯んだ敵の脇をすり抜け、そのまま走り去ってゆく。


 ……いや、ていうか、あいつ一人で逃げようとしてね?


「おいっ! おま、ちょっとふざけんなよ!?」

「あばよ、龍翔! 生きてたらまた会おうぜーっ」

 

 捨て台詞を壁に反響させながら、すたこらさっさと駆けてゆく彼女。

 俺は呆然とその後ろ姿を見送ることしかできない。


《あの……いま仲間を投げ…………だめだ、さすがにこれ以上書けねえ》

《わいもPCの前で目が点になってる》

《通報しました》


 オークどもは、残った俺たちにジリジリとにじり寄ってくる。

 どいつも、怒りで目がランランと輝いていた。

 いや、キレるんなら、楓の奴にキレてくれや……。


 ――どうする?


 俺は焦った。

 まともに戦ったらとてもじゃないが、生き残れないだろう。


「龍翔……」


 不安げな声で、真由香が俺に縋り付いてきた。


《リーダー、せめて女の子は助けろよ?》

《もう特攻して時間稼ぎで、彼女を逃がすしかなくね?》

《だな》


 ――ええい離れろ、真由香! くそ……ゴミカス涼さえいれば、いつもみたいに囮に使うのに

 

 ………………いや、待てよ――


「うらぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!」

「きゃああああああっっっっっっっ!?」


 俺は真由香の首根っこを掴むと、オークの群れに全力投球した。


 またしても虚を付かれ、ひるむオーク。


 その隙に、さっと奴らの脇をすり抜ける。


「ちょっとぉぉぉぉっ!? 嘘でしょ、龍翔ォッ!?」

「あばよ真由香! 生きてたら、またな!」


 先程の楓と同じセリフを残して、俺はさっさと逃げ去る。


「ゔ……ゔらんでやるううううっっっっ!!! りゅうしょーっ、ごうなったら、あんたがイキってるくせに童貞のヘタレで、いつもわたしたちの着替えを覗いたりしてることを全部配信でぶちまけてやるぅぅぅーっっっ!」


《やばい……そんな状況じゃないのに、おらなんかわくわくしてきちまったゾ》

《わいも。どんなクソネタが出てくるのか、wkwkがとまらん》

《オークが空気を読んで攻撃してこないの草w とりあえず通報はしといたから、運が良ければ誰かが助けにくるでしょ》

 

 

*****


 

 そこまでで、那栖菜なずなはPCを閉じた。


 はぁ……とひとつため息をもらす。


 ――ばかな人たち。本当に大切なのが誰だったのかも気付かずに……


 龍翔らの言動から、普段がパーティ内でどのような扱いを受けていたのか、彼女はおおよそ悟っていた。

 

 おそらく便利な捨て石程度に思っていたのだろうが、実際は彼なくしてあのパーティのAランク到達など到底不可能だったに相違ない。

 彼らの本来の実力は、よくてBランクの中堅といったところか。


 また彼女は、龍翔が漠然と感じていた不安の正体についても、おおよそ察していた。


 彼はあのパーティ内において、戦略の要であっただけではなく、精神的支柱の役割も担っていたのではなかろうか。


 死と隣り合わせという状態は日常ではまずあり得ない。

 しかし、ダンジョンではそれがデフォルトととなる。

 そのため探索者は、常に無意識下に死のプレッシャーを感じていることになる。


 だが、あのパーティには死を乗り越えられる人物が存在する。

 その「存在する」ということ自体が、探索者が常時感じるプレッシャーを、ある程度緩和していたのではなかろうか。


 とにかく確実なのは、彼はぞんざいに扱っていい存在ではないことだ。

 それどころか誰よりも重宝すべきメンバーであったはずだが、その点に気付かず、彼らは彼を追放してしまった。


 その結果がどうなるかは、必然だろう……。


「でも、その愚かな選択のおかげで、私は彼とお近づきになれたのよね……」


 その事実を考えると、内心複雑な思いを感じずにはいられない那栖菜だった。

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