第34話:茜色と藍色

「という訳で、翔君。後は任せた!」


急ぎの用事で帰った藍那を見送り、檸檬の居る保健室に戻ると。俺と檸檬の分の鞄を背負った、真白がそう言って敬礼する。


「説明をしろ!」


「説明しなくてもわかりますよね?」


「わかるか! どうして檸檬を俺が背負う事になってるんだよ!」


戻って来たらいきなり「檸檬ちゃんをおんぶして!」と言われたのだ。


「それはぁ~ 二人のご両親が~ 仕事だからだよぉ~」


少し眠そうに目を擦りながら言う蕾。


「そうそう、だから檸檬ちゃんが帰るのを手伝って欲しいのだよ!」


「じゃあ、タクシーを使えば……」


「流石にお金かかりすぎるよ!」


聞くと柊家は駅から20分位の所にあり、そちらの方面にはバスが走ってないらしい。


「じゃあ、俺が出すから……」


「翔……それは無い、無いよ」


雨音が肩に手を置いて言って来る。


「ぐぬぬ……檸檬は、それで良いのか?」


さっきから、真っ赤になって固まってる檸檬に声を掛ける。


「え? あぁ!! 大丈夫大丈夫、ほら! こんなピンピンして――ったぁ……」


足を振り下ろした檸檬が痛そうに顔を歪める。


「檸檬ちゃん!? 無理しないの!!」


真白に怒られて小さくなる檸檬。


「でも……恥ずかしいし……」


「じゃあ、翔君にお姫様抱っこで運んでもらうよ?」


「「おひっ!?」」


俺と檸檬の声が裏返る、何言ってるんだ真白は!?


「佐伯さん……貴方、昼間長谷川さんをお姫様抱っこしてたじゃない……」


「っつ! ——そ、それは……競技だったし、お題の指示だったし……」


「ヘタレ」


「ヘタレですわね」


「へたれだねぇ~」


「ヘタレだな」


「ぐぬぬ……」


言い返せなくて詰まる俺、そこに大きなため息が響く。


「仕方ない……翔、おんぶで良いからお願い……」


呆れた様な目をしながら檸檬が言う、耳まで赤いけど仕方ないという感じだ。


「そこまで言わせたんだから決心しなさい」


「「「そうだそうだ~」」」


皆に抗議されて、俺も腹を括る。


「わかった……乗り心地が悪くても文句言うなよ」


檸檬の椅子の前に座り、檸檬の体重が移るのを確認した後、立ち上がる。


「わわっ……意外と高い……」


耳元に檸檬の声が届く、そして首に手を回され背中に檸檬の体温を感じる。


「——————!?」


「それじゃあ、帰りましょうか。時間も遅いですし」


「「「「は~い!」」」」


弓場さんの号令で出発した。


◇◆◇◆◇◆◇◆

それからエレベーターや電車に乗る際は肩を貸して乗り、いつも真白達を迎えに行く駅へ辿り着いた。


「さて、ここから後半戦! がんばろー!」


檸檬を背負い、歩き出す。茜色の空から、藍色に変わった空の下を歩く。


「ごめんね、重くない?」


「いや軽いぞ、正直重さを感じない位だ」


乗るたびに檸檬が同じ事を聞いてくるので、少し笑いながら返す。


「そうそう、檸檬ちゃんはいっぱい食べるのに凄く軽いんだよ!? 私なんて増えちゃうのに……」


まぁ、どこについてるからとは直接言えないけど、大体どこに栄養が行ってるかわかる。


「そういえば、そうだよな。檸檬はよく食べるのに凄く軽いよな……どこに行ってるんだ?」


「ホントだよね~質量保存の法則が通じないよぉ……あ、ここからこの公園を抜けるんだよ」


大きな公園の入り口から中に入る、テニスコートとかアスレチックもあるそれなりに充実した公園だ。


「うっ……でも真白と違って小さいし……って何言わせるの!?」


そうは言うが、ちゃんと背中に当たる感触もあるし……って! 考えない様にしてたのに!!


しかも恥ずかしいのか背中に顔を埋めている。


(不味い……非常に不味い……)


今まで気にしないでいた、首にかかる息とか! 背中の柔らかい感触とか! ふくらはぎのすべすべ感とか!!


(一度、気にし出したら止まらない!!)


アラサーの大人なら耐えられた……だが今は肉体も心も高校生なんだよ!?


(煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!)


そして忘れる様に歩く、空はすっかり夜に様相だ。


(煩悩退散!煩悩退散!煩悩……)


「んっつ」


「ボノオオオン!?」


檸檬が身じろぎをするとその感触が脳へダイレクトに飛んでくる。


「れ!? 檸檬!?」


「——すう――すう」


いつの間にか寝ていたのか、寝息が聞こえていた。


「あらら~寝ちゃったね……」


「そうだな……」


そのまま二人で黙って歩く。


昼間が暑かったけに日が落ちてくると、風に冷たさが混じる。


「そうそう、翔君ありがとうね」


「どうした急に?」


「リレーのあの時だよ、翔君が頑張ってくれたから」


「あぁ、あの時の檸檬の顔を見て、友達の為に意地でも追い付いてやるって気持ちになったからね、感謝されることは無いよ」


「でもでも。檸檬ちゃんも、すっごく感謝したと思うよ?」


「それだったら、頑張った甲斐があるなぁ~」


前世でも優しくしてくれた相手だし、少しでも恩が返せたなら良いと思う。


「へぇ~」


真白がニヤニヤしている。


「ん? いきなりニヤニヤして……」


「べっつにぃ~ 羨ましいな~って」


「羨ましいのか……」


「そりゃ、それだけ思ってもらえるのは羨ましいよ~」


「うーん……でも。あの時転んだのが、真白や藍那でも全力で頑張ったと思うぞ」


そう言って真白の方を向くと、顔を赤くした真白が目をぱちくりさせる。


「ん? どうしたんだ?」


「い、いや! 何でもないよ! それと何で蕾ちゃんが無いの!?」


「いやほら……蕾の走り方見たらなぁ……」


「あぁ~それは確かに……」


そう話している内に大きな公園を抜け、住宅街へ入る。


「このまま真っすぐ進めばウチだよー」


その言葉の通り、進んでいくと柊家の玄関に到着した。


「ちょっと待っててね~今鍵を開け……あれ?」


真白が鍵を差し込むと、扉が開いて女性が出てきた。




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