オートル・バトウ
桑鶴七緒
第1話
真我の嶺というのは誰しも抱く思考の一つとして譲れないものがある。
もし人が皆同じ道を選択して縦走していくとしたら、その先にはどういう光景に流れてその頂に溢れ返るのだろうか。そこへ犠牲の矢が解き放たれた時、頂にいる一人の人間の胸に突き刺さり逆さまに落下していくのを誰かが助けたとしても、それはきっと自分の宿命だと血の涙を流しながら散っていくのかもしれない。世の
自分の過ちが周囲の人達をも巻き添えにしてしまうなど、そんなつもりで彼女に触れたわけではないと反発を繰り返したとしても僕は立ち向かう。いつかその手を離した瞬間に永遠が見えてしまうなら、銀色の模様を
浅利海人。至って平凡で人並みに家族とも暮らしていき、大学を出た後もすぐに就職してそれとなく世の中にいる他者とも付き合っていき、それなりの日常を過ごしている社畜的な存在の一人そのものだ。
朝日が登り始めてまた新しい一日が動き出そうとしている中、散乱したベッドので身体を抱えながら浅い眠りから目を覚ましていった。昨夜遅くまで酒を飲んで悪酔いしてしまった分、いつも来る二日酔いの感じより全身の怠さで偏る不機嫌な自分が情けない。重石が頭の中で埋まるように感じてはゆっくりと身体を起こして思い切り背伸びをした。
台所へ行き温かいケトルに沸かした白湯をカップに入れて胃に負担がかからないようにゆっくりと啜る。今朝は妻の
そろそろお腹も空いてきたと感じ、冷蔵庫の中にいくつかの食材が入っていたので、卵とベーコンを取り出し、熱したフライパンに焼いて仕上げにブラックペッパーと塩をまぶし、皿に盛り付けた。ちょうどトースターのパンも焼けてテーブルに並べ、半熟の目玉焼きにカリカリめのベーコン、バターを塗ったトーストにインスタントコーヒーを添えて朝食を摂った。
その後自動で回していた洗濯機の衣類を取り出して、ベランダの洗濯干しにシワを伸ばして洗濯物をかけていく。
今日は晴れ間が広がるという天気予報を聞いていたので、この快適な風ならすぐに乾いてくれるだろうと思い、カゴを片付けて着替えをした後に外に出かけた。
電車に乗り一時間ほど経った頃、駅の構内にあるカフェに入りレジカウンターでジンジャーラテを頼んで席に着くとバッグの中からパソコンを取り出し趣味で続けている執筆作の原稿の続きを打ち込んでいった。
二時間近く経った頃店内も混み合ってきて周りを見渡すとカウンターやテーブル席もほぼ満席の状態になっていた。斜め向かいの四人掛けの席にいるママ友達であろうか、お喋りが止まらずに加熱するように賑わっている声が気になりイヤホンをかけて打ち込みを続けていった。
更に二時間以上経過してスマートフォンの時計を見ると十六時が過ぎていたので、ひとまずパソコンをシャットダウンし、荷物を片付けて店を出た。帰りの満員電車の中で身体を押されながら次の駅に着くと、乗り換え口の場所ということもあり一気に人が少なくなっていく。
座席に着いてスマートフォンを取り出すと凪悠からメールが来て、不足分の食材や日用品を買ってきてほしいと指示したメモが書いてあった。乗り換えをして反対側のホームに移り、再び混み合う車両の滲んで入り混じるような空気の中を呼吸しながら窓の外を眺めているうちに駅に到着した。
最寄りのスーパーへ行き買い物を済ませて自宅に着くと既に凪悠が帰ってきて、台所で夕食の支度をしている最中だった。
「今日は何にするの?」
「煮魚だよ。しめじ買ってきた?」
「ああ。……はい、これだね。味噌汁にするのか?」
「うん。冷蔵庫に入れているついでに玉ねぎ出してくれる?」
「ああ。切りかけのでいいか?」
「うん。ありがとう」
部屋着に着替えていると、スマートフォンの着信音が鳴り会社からメールが届いていたので中を開くと、翌日の業務の件について報告があるという内容文が送られてきた。
彼女が僕を呼んでいたので一旦スマートフォンを置いてリビングへ行きテーブル席に座り食事を摂った。彼女から自分の勤務先である輸入食材店の今日の仕事の話を聞いては雑談をして、後片付けが終わる頃に浴室の給湯器にスイッチを入れ、先に彼女を風呂に入れさせた後に僕も続けて入ることにした。
浴槽の湯に入り適温より熱めの湯加減が心地よく思わず深くため息が溢れた。壁に蒸気でできた水滴が滴り落ちていくのをぼんやりと眺めていく。湯船に浸かっている時に水面に揺らいで写る自分の姿を見て、こうして眺めていると随分歳も取ったと気がつく。
身体を洗っている間にもシャワーヘッドに写るこの姿を見てはその物の構造上歪んでいるから尚更
浴室から出た後寝室に行くと凪悠は先に眠っていた。彼女の肩に手を触れると寝返りを打ち、どうやら疲れているようなのでこれ以上何もしないでおくことにした。
本当は彼女に触れたい。
何年だろうか、お互いに触れ合うこともなくなってきている。セックスレスというものかと頭をよぎると二人の過ごす時間もそれほど取れていないことに気づいてこのまま冷却していくのも、何の為の結婚だったのかと悩んでしまう。
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