妙メモリー2
みょめも
大晦日のつくりかた
これは僕が1人暮らしを始めてまだ間もない頃の話である。
入学した大学は実家から通うには少し遠く、家族と相談して下宿させてもらうことになった。
最初の頃は親からうるさく言われないし、門限もない夢のような生活を満喫していたが、それもそう長くは続かなかった。
何をやってもやらなくても自己責任、家事をサボれば明日の自分にのしかかるのだ。
その中でも炊事は特に困難を極めた。
ご飯ひとつ炊くのにも説明書を見ながら炊飯器をセットし、やっと出来上がったのは幼児が食べるようなベットリとした軟飯だった。
そんな頃に、親から段ボールに入った仕送りが届いた。
中を開けるとそこには晦日(みそか)と1通の封筒が入っていた。
---たかしへ---
元気でやっていますか?
私たちは元気です。
きっと1人暮らしを楽しんでいて、ご飯もちゃんと作ってないのでしょう。
今回の仕送りは晦日を入れました。
晦日って書いて「みそか」ってよむんですよ、あなたの好きだった大晦日の作り方をレシピにして同封してあるので、たまには母さんの味を懐かしんでください。
---母さんより---
封筒をひっくり返すとハラリともう1枚の紙が落ちた。
大晦日のレシピだった。
図解付きで料理初心者の僕にも分かりやすく書かれていた。
鍋はあるし、まな板と包丁も買っていた。
ありがたいことに一通りの調味料は同梱されていたのでさっそく大晦日をつくることにした。
まずは食材を切るところからだ。
大根や人参などの好きな野菜を食べやすい大きさに切る。
ゴボウを入れたり、こんにゃくを入れる地域もあるらしい。
それらを鍋に入れ、水から茹でる。
次に除夜の鐘を用意する。
特に産地にこだわりがなければ除夜でなくてもいいが、大晦日と言えば我が家では除夜の鐘だった。
色々なところの鐘を食べてきたが、結局は除夜のものが癖がなく食べやすい。
除夜の鐘は食べやすい大きさに切る前に、あらかじめ108回ほど叩いておくと鐘質が柔らかくなり食べやすい。
野菜が入った鍋に鐘も入れてアクをとりながら弱火でじっくり火を通す。
食材に火が通ったら一旦火を止め、ここで晦日の登場である。
パックに入った晦日を大さじ1杯掬って湯のなかでじっくり溶かしていく。
スーパーに行くと紅、白、合わせの3種類の晦日が売られているが、我が家では昔から紅と決まっていたので、その日母から送られてきたものも紅晦日だった。
溶かしきったらもう一度火にかける。
この時うっかり沸騰させてしまうと晦日の香りが飛ぶだけでなく、ゆく年がくる年になってしまうので注意が必要だ。
そうして出来上がった大晦日をお椀に注ぎ湯気の立つうちにいただいた。
口の中を火傷しそうになりながらすする。
晦日の香りが鼻に抜け、除夜の鐘もホロホロと易しくほぐれ、初めてにしてはとても美味しくつくれた。
身体も心も芯からあたたまった。
「最近帰ってないな、久しぶりに顔でも見に帰るか……」
そう呟いてごちそうさまでした、と手を合わせた。
「父さん!久々にアレ、つくってよ。」
娘もこの味を継いでくれるだろうか。
今ではそれが楽しみで仕方ない。
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