自販機とあま噛み

春嵐

第1話

 自販機。

 海沿いの、コリドー。

 ここに来るのは、いつ振り、だろうか。あの頃から、かなり時間がかかってしまった。

 綺麗な顔だったから、篭に閉じ込められるような生活だった。自由も何もない。生きているのか死んでいるのか分からない、人形としての人生。

 海に連れていかれて、綺麗な服を着せられて。周りの人間に、ほら私は綺麗ですよって、意味のない自慢をさせられる。周りの好奇の目よりも、それを許容してしまっている自分自身が、どうしようもなく、許せなかった。

 走って逃げて。

 たどり着いた、小さなコリドー。

 男がひとり、自販機で飲み物を買ってくれた。顔が綺麗だから、頼めばなんでも買ってくれる。自分の許せないところが、またひとつ増える。

 でも、その男は。特に何をくでもなかった。興味がなさそうに、私の服を眺めるだけ。まるで、ちょっと眩しい蛍光灯を見るぐらいの雰囲気で。それが心地よかった。人に見られることに心地よさを感じたのは、そのときだけ。

 彼について行って、そのコリドーの端のところに宿をとってもらって。一緒にごはんを食べたり、眠ったりした。彼にとってはただの生活だったかもしれないけど、私にとっては、唯一で絶対の、自由だった。彼の隣に私の自由がある。そう思って疑わなかった。

 だから。

 過去とは決別しなきゃと思って。

 私を閉じ込めていた檻を、壊した。全部めちゃくちゃにした。時間がかかったし、たいして楽しくもなかった。

 でも。自由を得た。私は、もう、どこにだって行ける。

 でも。コリドーに戻っても、彼はいなかった。

 今度は自分で同じところに宿をとって、彼を探したけど。見つからなかった。


 お互いに。深い話はしなかった。あの頃は、それが心地よかったけれど。今になって、ちょっと後ろめたい。もっと何か、いておけばよかったのに。

 私。自由になったよ。もう、ひとりだから。自販機で飲み物も買えるようになった。だから。出てきてよ。私と一緒にいてよ。あのときみたいに、またふたりでごはんを食べて、ふたりで眠ろうよ。この、海が見える場所で。

 窓の外。綺麗な景色が広がっている。

 彼は。

 もう、いないのだろうか。

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