兎とタンポポ
ただのネコ
第1話 真夏に冬の夜空を見る
俺は真昼の太陽の下で、キンと冷えた冬の夜空を見た。
四つの星が菱形に並ぶ冬菱。右の星が見切れているが、間違いない。
一瞬にして汗が引く。鼻の奥にピンと澄んだ雪の匂いすら感じた。
だが、それは一瞬の幻。冬空は本物ではなく、端切れに過ぎない。
それに気づいた瞬間、暑さが再び俺を蒸し上げた。
思い出したように吹き出る汗をぬぐいながら、俺は冬空に追いつくべく人混みを縫うように歩き始めた。
冬空は星空の柄をした手のひらほどの端切れであり、端切れはパッチワークキルトの一部だった。キルトは手提げ袋であり、少女の腕の下で揺れる。
「ちょっと、お嬢さん」
呼んではみたが、ここは市場だ。『お嬢さん』の該当者も沢山いる。目的の手提げ袋の少女は足を緩めもせず、買い物の小母さん方が振り返る。露店の婆さんがニヤリと笑って手を振ってきた。あんたじゃない。
ちょっと焦れたので、無理やり足を速める。なんとか少女の前に回り込めた。
近くの食堂の給仕だろうか。エプロンドレスが可愛らしい。
「私は」
一瞬、言葉が切れる。その間を不自然に思わせないように、胸に手を当ててちょっと気取った礼をする。
「レオンという旅商人です。ちょっとお話を聞かせていただきたくて」
「ふぅん、旅商人さんですか」
彼女の値踏みする視線が、主に俺の顔の横、エルフの長耳あたりをさまよう。
「あたしはとっても忙しいので」
耳から離れた視線はすぐ傍の屋台で止まる。
屋台の親父はとびっきりの笑顔を浮かべ、竹のジョッキに魔術で作った氷を放り込んだ。
「よーく冷えた茉莉花茶を飲む間ぐらいしかお話は出来ないですね」
「御馳走しましょう」
俺も丁度、喉が渇いたところだ。
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