第18話 ふたりになるということ(五十嵐沙月編)その4
「俺はこの十八年間……。短いかもしれないけど、生まれた時間のすべて、ずっと一人だったんだ……」
「いまあたしの世界にいる」
沙月は梓馬の手を、自分の胸に引いた。後にこのセリフのことで、夜寝る前に頭を抱えることになるとも知らずに。
「俺はもう、大事なものがなくなるのが嫌なんだ」
弱さを曝け出してしまった梓馬と、それを包もうとする沙月。重なり合う二人の視線。ここが最後の境界線だった。
もし沙月の秘密に気付けていれば、明日にでも真相へ向かうことができた。
もし幹彦からの着信に出ていれば、新たな事実が判明していた。それは沙月の秘密より一手遅れて、別のルートから真相に向かうことができた。
おぼろげに見えてきた朱里の真相。それに生来の屈折した思考が影響して、映し出される像を歪めてしまっている。なにもかもが上手く働いていなかった。
「お前が好きだ」
梓馬はそう言うと、沙月によって自分の手をわずかに動かした。いつも柔らかそうだと思っていた沙月の胸は、ニットとシャツとブラジャーのせいで意外に硬い。胸の上部は指を押し返そうともしないほど柔らかいのに、下部は高い形状記憶の機能性が邪魔をする。そのもどかしさが大胆さを呼び込み、なんと梓馬は沙月のライダースを脱がせ始めた。
他人の服を脱がせるのは難しい。しかし意図を理解した沙月は、肩甲骨を寄せることで脱衣に協力する。脱がせたライダースはすぐに放り出したかったが、それが沙月の大事な物だと知っていたので丁寧に扱った。
ニットとシャツという上半身は、季節によっては珍しいものではない。しかしさっきより裸に一枚近づいたことと、これまでライダースが守っていた沙月の体臭が解き放たれたことで、梓馬はもう言い訳ができないほど勃起していた。まるで自分の操縦席が股間にあるように。
そして沙月の服を、さらに脱がしにかかった。その際に中腰になったため、沙月の視線が操縦席に注がれる。それは正直な気持ちだった。態度を形で示している。
ニットを脱がすと、より強烈な体臭が立ち上った。女の匂いの奥に、かすかな汗の匂いが含まれている。
胸元には朱里を思い出させるネックレスがあるが、梓馬は構わず鎖骨にしゃぶりついた。あまりに本能的すぎる。鎖骨の愛撫という知識を持っていないはずが、しかし操縦席はひたすら「舐めろ」という指令を出していた。
なにかをしながら服を脱がすのは難しい。梓馬は一瞬でも沙月の味がする鎖骨から離れたくなく、しかしシャツと肌着の下にはもっと美味しいものがあると知っている。あべこべな指令を出す操縦席は本当に無能で、とうとう沙月が自分でシャツのボタンを外すことになった。
勢いで肌着まで脱がすと、淡いブルーのブラジャーが目に入る。沙月側からすると万が一の可能性にかけて、お気に入りのものを着けてきていたわけだが、梓馬からすると何色だろうがただの障害物でしかない。外し方がわからず、蛇使いのように手をくねらせ続けていた。
ここで計算外、沙月はブラジャーを自分で外してはくれなかった。もちろんこれは、脱がせてほしいのではない。恥ずかしいからだ。
胸の肉の部分を見られることは許容できる。しかし乳首と乳輪は個性の領域だ。沙月は自分の乳輪が一般的な女性よりも、二回りは大きいことを知っていた。五百円玉で計ったことがあるということだ。
梓馬はブラジャーを脱がそうとして上手くできず、なにを思ったか引きちぎろうとし出した。沙月は咄嗟に自分の資産を守るため、両手で保護の態勢に入る。
梓馬はさらに暴走した。操縦席の先端を、沙月のスラックスにこすりつけ始めた。柔らかい感触が跳ね返ってくる。それで興奮してしまい、着衣のままピストン運動を開始。もう無茶苦茶だ。
理解不能の行動に襲われた沙月は、たまらず自分でブラジャーのホックを外した。とうとう丸い乳房が露わになる。
「えっろ……」
沙月の乳首を見た梓馬の感想だ。そして同時に、巨大な乳輪は田んぼにある鳥避けだと、テレビで芸能人が言っていたのを思い出す。
これだと逆に鳥が寄ってくるんじゃないか――
そう思った瞬間、梓馬自身も引き付けられていた。両手が伸びて、丸く張っている胸を掴む。あまりの勢いに沙月は顔をしかめた。
梓馬は乳首をしゃぶろうと思い、顔を近づけた。しかしここで逡巡を見せる。左右に一塔ずつ立つ乳首を見て、どちらをしゃぶればいいかわからなくなってしまっていた。
右回りの法則か、いや無意識の左の法則かもしれん――
固まっている梓馬を見て、沙月は自分の乳輪が大きいせいだと思ってしまった。
「嫌いだった?」
沙月は目を細める。上下のまつ毛が触れ合いそうだった。
その仕草に梓馬は慌てて否定する。
「いや、そんなことはない」
そして二つの乳首を寄せて同時に咥えた。両成敗だ。
「そんなに好きなの……」
沙月の体がベッドに倒れていく。ちゅぽん、という音がした。すぼませた唇から、乳首が離れていったからだ。梓馬はただ離れていく乳首を見送っていた。
「なにしてるの……?」
「どうしていいかわからない。初めてなんだ……」
「優しくして……」
「お、おう」
近づくとまた女の体臭が鼻をつく。まぎれもない女の肉に、梓馬はまた興奮してしまい、操縦席を沙月の腹に押し付けた。
沙月はこれをハグの開始と誤認し、そっと顎を上にあげる。接吻の土台を作った。
ここで梓馬はようやく人間になった。
白と金が混ざった前髪の柵の間、その奥に閉じられた目はまつ毛が立っている。梓馬はいまさら、遠慮がちに沙月の両肩に手を置いた。そして骨の感触を味わってから抱き締めた。
沙月の体はとても小さかった。
そしてそのまま、唇を押し付けた。最初の一押しは強すぎたのか、沙月の唇の跳ね返りに重さを感じた。それで圧力を弱めるが、そうすると沙月のほうから強く迫ってくる。その際に鼻息が首筋にかすった。
「うお……」
思わず離れた唇、沙月はそれを能動的に追いかける。しゅこしゅこと聞こえるのは、沙月の鼻の穴が小さいからだ。
梓馬はまるで抵抗をやめたインパラのように、体から力を抜いた。沙月はそのまま梓馬を下にして、唇の中に舌を刺し込んでくる。これが先ほど優しくして、と言った女のすることだろうか。
舌と舌が一度触れると、それまであった最低限の倫理観は吹き飛んだ。唾液の生臭さはものの数秒でどうでもよくなってしまい、お互いに舌を絡み合わせる。さながらそれは舌の寝技のようで、どちらも主導権を渡さなかった。
強く抱きしめ合うことで、感じるお互いの体の輪郭。どこもかしこも圧力をぶつけ合うなかで、梓馬は自分のペニスに押し付けられている部分に熱さを感じていた。
俺なんかに興奮してるのか――
沙月のスラックスは古着屋で購入したもので、センタープレスこそ綺麗に入っているが、膝部分や股周辺の生地が薄くなっている。当然その分だけ体温は伝わってしまうのだが、いま梓馬が感じている温度は、まるでカイロを直接当てられているようだった。
梓馬は自分の股間の部分を見ようとした。しかし沙月はそれを阻止。梓馬の側頭部を両手で抑えつけると、さらに唇を貪りだした。
唾液に溺れるような感覚のなか、梓馬は目視を諦めて、手で確認しようとする。するりと深海を進むように伸ばした手が、なにかに触れた。
その瞬間、甲高い声とともに、強力なホールド態勢だった沙月の体が跳ねた。
梓馬はそれを見て、すぐに態勢を変化させる。そしてすかさず、沙月の股間をスラックスの上から擦った。
沙月は酒を飲んだ大蛇のようにくねり始め、逃れようとしていた。
先ほどのブラジャーでもどかしさを知った梓馬は、沙月のたわわな胸を目にしながら、しかし確実にスラックスのホックに手を伸ばしていた。
フロントホックを外すと締め付けはあっさりと解かれ、生白い腹部が見える。同じ肌でも腕や手の甲とはまるで違う。女性器の近くにあればあるほど、その肌が持つ魔力は強くなる。
梓馬はスラックスを下げる。膝付近まで下ろして見えたパンティーは、なんとブラジャーとおそろいの淡いブルーだった。スラックスをまだ完全に脱がせていないのに、顔からパンティーの下部、より女性器に近いほうへと顔を突っ込む。
その刹那、炊き立てのご飯にブルーチーズを混ぜたような臭いが、梓馬を襲った。
「くあっ」
パンティーの上からでこの火力。反射的に身体がのけ反ってしまうが、驚いた沙月の顔を見てすぐに言い訳をした。
「すまん、また暴走してしまった。優しくする」
「うん……」
梓馬は強烈な臭いに冷静になっただけだったが、沙月は優しくされたと勘違いしてさらに股を濡らす。ふんわりとチーズ臭が濃くなっていった。
梓馬はまた胸を舐めようかと思ったが、ここまできてまた胸に戻るのはさすがにおかしいと判断。スラックスを沙月の協力を得ながら、最後までゆっくりと脱がすことにする。そして自分も服を脱いだほうがいいか迷い、沙月に視線をやった。だが目は合わなかった。沙月は膨張した操縦席を凝視していたからだ。
梓馬は手早く自分もスラックスを脱ぎ、コート、、ジレ、ネクタイ、ジャケットと脱いでいく。少し冷静になると、沙月はパンティー一枚なのに、自分だけ着こんでいるのがおかしかった。一度そういう思考になると、先ほどまでの獣のような自分が恥ずかしくなる。性欲というのが、ここまで人間を狂わせるとは思っていなかった。
トランクスだけになった梓馬は、いつのまにか掛布団の下に潜り込んでいた沙月に近づく。そしてパンティーに手をかけた。
沙月は腰を少し浮かせるが、完全に協力的というわけではない。しかしどうにかパンティーを脱がすことができ、股間の部分を見てみる。すると薄暗い照明でも、クロッチ部分に、ぷるんとした白い粘着性物質を見つけることができた。周囲にはうっすらとした黄色い染みがある。
う、う〇こか――
違う。おりものだ。
「見ないでっ」
沙月が自身のパンティーを取り戻した。そして梓馬が見ていただろうものを確認すると、もう顔を強張らせることしかできなかった。
その様子を見て、梓馬は自分を奮い立たせた。白いう〇こがあったから、小便があったからなんだというのか。沙月は自分を男として認めてくれたんだと。
「貸せっ」
そう言うとパンティーを奪い取り、まさに一息、クロッチに自分の舌を這わせた。
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