第十三話 剣道女子の来襲(1)



土日を跨いで、週明けの月曜日。


私は、学校に行かなかった。


これ以上踏み込まないと決めた私は、自室に引きこもることを選択した。


外に出たら、殺されるかもしれない。


その思いが私に部屋の戸を掛けさせたのだ。


寝床からも出ず、布団を被って身体の震えを止めようとするが、無駄だった。


1度感じた死の恐怖は拭えない。


今後一生、消えることも無いだろう。


怯え続けて、逃げ続ける。


「ふっ、ふふふ、ふははは……」


乾いた笑いが漏れる。


誰もいない自室で一人、口角を吊り上げ、高らかに声を張る。


気でも狂ったのだろうか?


実際、狂っているのだと思う。


けれど、これは笑わざるを得ないだろう。


だって、今の自分は、あまりにも滑稽だ。


分不相応の振る舞いをしていた人間が、現実に手痛いしっぺ返しを喰らう。


大言壮語を吐いた身の程知らずが、勝手に自滅して、逃げ出す。


その有り様は、さながら物語のピエロだ。


英雄願望を持った道化が破滅するのは、現代の創作でも、昔からのお伽噺や神話でもよくある展開ではあるが、過去の私はどうしてそんなに長く、こんなテーマが愛されて、書かれ続けているのだろうかと、疑問に思っていたものだ。


でも今なら、このテーマが世代を超えて人気なのも理解できる。


勘違いした道化が堕ちていく様は、こんなにも愉快で、馬鹿馬鹿しくて、卑しくて、滑稽なものなのか。


全く、笑える。


傑作だ。


笑い声が部屋中に響き渡る。


……道化の物語は、これくらいで十分だろう。


私は布団に顔を埋め、それ以上の、思考すらも放棄した。














――――――――














次の日。


私は学校に行かなかった。


親と学校には体調不良で通してはいるが、それもいつまで通じるだろうか?


市販の薬と、何日か寝ていれば勝手に治るからという言い訳で部屋に籠っているのは、どれくらい保つだろうか?


心の病とでもしておくか?


まあ確かに、今の私は病んでいる。


部屋に引き込もって、時々高笑いをする。


正気じゃない。


それでも、前よりはマシになっているんだ。


前の私は英雄願望、中二病という、目も当てられない病に、侵されていたのだから。















――――――――














次の日。


私が最初に学校を休んだ日から、滅多に動かない私のSNSには未読のメッセージを大量に溜め込んでいる。


今では着信音が頻繁に鳴り響いている。


……うるさい。


スマホの電源を切って、机の上にほったらかす。


これで完全に、私は外界から隔離された。


―――自己防衛の全てを、やり尽くした。














――――――――














次の日。


取り立てて話題にすることはない。


学校に行かず、食って寝るだけの生産性の無い生活。


以上。














―――――――――














次の日。


何もない。


以上。














―――――――――














次の日。


そろそろ体調が悪いという理由も苦しくなってきた。


四日も経てば大抵の病気は治るし、何より病院ぐらいは行け、などという耳の痛い正論が母から告げられてた。


もう誤魔化すことは出来ない。


死への恐怖が、私から全てを奪う。


私は渋々、病院で診てもらった。


結果は勿論心身共に健康の優良児、だと思っていたのだが、実際熱があったり、吐き気がしたり、眩暈がしたり、身体の中は散々だったので、要安静とのことだった。


原因は恐らく、ストレスによる身体異常。


今までは気づかなかったが、私の身体への負担はもう限界が近くて、それが外に出ることで急に環境を変え、体力を消耗することにより、溜まっていたものが一斉に噴き出したようだ。


「…………うぅ」


私は自分の意志とは関係なく、ベッドの上で身動き取れずに唸っていた。


頭が痛い。


身体の節々が痛い。


思考にモヤがかかる。


手足が痺れる。


辛い。


苦しい。


でも、その症状たちが、今は少しだけ心地よかった。


今までの仮病に対しての、そしてこれまでの私の身に余る行いに対しての罰のように、私をいじめるそれらが、私にとっては救いになっていた。


明確に罰が与えられれば、少しだけ、許された気がする。


それは所詮、私の勝手な考えあり、現実は何も変わってないと言うのに、気がすっと楽になる。


ああ、贖罪をする人間というのは、こんな気持ちなのか。


ただ祈る。


ただ耐える。


その行動で現実が変わるかどうかは関係なく、何となく救われた気がするという、それだけだ。


愚かな行為をした自分が相応の痛みと苦しみを味わえば、捌かれたように感じる。


行動原理は他者ではなく、あくまで自分。


だからこそ私らしい。


結局、私の本質はそれなのだ。














―――――――――














次の日。


一日中寝込んでいたので、その日の記憶は殆どない。














―――――――――













次の日。


目が覚める。


痛みも和らぎ、意識もはっきりしている。


うん昨日よりは多少、ましになっていると思う。


身体を起こし、閉め切っていた部屋の空気を入れ替える為、窓を開けた。


窓の外から冷たい風が、肌を撫でる。


普段なら少し寒いくらいだが、寝ている間に熱を溜めていた身体を、冷ますのにはちょうどいい。


外の景色は既に日が傾きかけていた。


つまり、丸1日と足して半日ほど、寝込んでいたということになる。


我ながらよく寝たものだ。


ピンポーン


?家のチャイムが聞こえた気がする。


宅配などの予定も聞いていないが、私が覚えてないか、寝込んでて知らされてないだけかもしれない。


だがこの窓からは玄関の方までは見えないので。部屋を出ないとそのことを確かめることは出来ない。


……気のせいだろう。


大して考えずにそう結論付け、私は再びベットに戻って身体を横に―――


ピンポーン。


……気のせい―――


ピンポーン。


……気―――


ピンポーン。


ピンポーン。


ああもう、分かった。


認めるから。


この音は幻聴ではない、本物だ。


しかも音は急かすように、どんどん鳴る間隔が短くなっていっている。


ピンポーン。


ピンポーン。


ピンポーン。


……人目も憚らず、ここまで鳴らすとは、相手もよっぽどの急務に違いない。


だが悪いな、名も知らない訪問者。


私は居留守を決め込ませてもう。


病態に鞭打ってまで出るものでもないだろうし、一応正当な理由にはなる筈だ。


決して、面倒くさいからではない。


布団に蹲り、再度眠りに着こうとする。


ピンポーン。


ピンポーン。


ピンポーン。


ピンポーン。


ピンポーン。


「…………」


しつこいなあ。


反応が無いのにここまで鳴らすのは、流石に非常識だ。


宅配や、知り合いが訪ねて来たとかではないだろう。


押し売りか、はたまた勧誘か。


どちらにしても熱心なものだな。


迷惑極まりない。


布団で耳を塞ぎ、音が聞こえないようにする。


ピンポーン。


ピンポーン。


ピンポーン。


ピンポーン。


ピンポーン。


ピンポーン。


ピンポーン。


…………。


…………。


……音が止んだ。


ようやく諦めたか。


私は安心して一呼吸つき、布団から身体を起こした。


―――瞬間、閉め切らずに放置していた窓の隙間から手が現れ、掴み、大きく開け放つ。


「お!何だ起きてるじゃないか、曲ちゃん!」


窓からの侵入。


見る人が見れば……というか、この光景はどこからどう見ても、犯罪なのだが、そんなことは全く気にしていない様子で、さも彼女は教室の中で会ったかのように、馴れ馴れしく話しかけて来た。


その姿があまりにも自然体で、驚く気力も、暇も持てなかった。


赤藤涼香は、こうして私の元に来襲したのだった。

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