第1章 何気ない日常

第1話 逃げ込んだ先は

 2023年7月9日、人気急上昇中の日韓合同ガールズグループ『花筏はないかだ』のセンター、華道はなみちゆいはステージから転落した。


 幸いなことに打ち身と捻挫ねんざで済んだんだけど、翌日、10日に【治るまで休養に専念する】と事務所が活動休止を発表。


 そうして彼女は表舞台から姿を消し……どこにいるのかと言うと、

「結ーもう朝だよ」

「……んにゅう」

 私の家に居候いそうろう中。


「大学行ってくるからね。あっ、朝ごはんはテーブルの上に置いてるからちゃんと食べるんだよ」


「……」


「食べてね」


「……んにゅう」


 布団をカラダに巻き付けながら、薄っすらと目を開けた結は

「行ってらっしゃい」

 イモムシみたいな姿で呟いた。


「うん、行ってきます」


 寝室を出て、リュックを背負いながらリビングのテーブルに置いた朝食に目をやる。


 昨日は食べてくれたけど、今日はどうだろう。


 リビングの端に置かれた大量のエナジードリンク。私がいないと、大抵彼女は食事をそれで済ませてしまう。


 結が私の家に転がり込んできて数週間。


「来ちゃった」


 申し訳なさそうに眉をハの字にしたマネージャーさんに支えられて、無邪気に笑っていた彼女。


 うん、「来ちゃった」じゃないのよ。


 玄関のドアを開け、しっかりと鍵をかけながら思い出す。


「今日から泊ってもいいよね?」


 別に追い返しても良かった。

 プライドが高い手負いの狼を預かるには、私の家はセキュリティが甘すぎるし。


 彼女が普段生活している事務所の寮と違って。


 でもまぁ、受け入れちゃったんだから仕方ない。


 あんなに明るく笑う結、久しぶりに見たんだもん。


 私を頼ってくれたことが嬉しかったんだもん。


 今まで全力でグループのセンターとしていろんなものを背負ってきた結。


 いつからか笑顔が減っていった結。


 貴女がまたステージに戻れるように、私は貴女を全力で支えるよ。


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