第4話 いざ帰り道へ

「じゃあな!」

「元気でなー!」

「またいつかどこかで」


 翌朝、アレグ、メイソンとパンひとつの朝食を終え、

 軽い別れの挨拶をお互い交わし、三年間住んだ寮を後にした。


(やっぱり中に荷物入れると重いなあ……)


 大きい木箱を一人で引きずりながら道を進む、

 作戦はこうだ、この荷物が入った細長い箱、なんと! 人がなんとかひとり入れるのです!

 なので聖女様に荷物を抱きかかえてもらいこの中に入り、

 あくまでも『荷物』としてひとり分、無料で家まで馬車に揺られる、と。


(断られたら僕が入ろう、いやむしろ僕が入った方がいいのか)


 今更そんな事を考えながら朝に約束通り学院の正門まで行くと、

 きらびやかで大きな馬車が並んでいた。


「おお、主役殿の登場だな」「おはよう、待っていたよ」「荷物はそれで全部かい?」


 待っていたのはなぜか昨日、ソフィー様に振られたSクラスの三人だ。


「おはようございます、これはいったい……?」

「どうせ馬車なんて用意してなかったんだろう?

 我々はみんな用意してたからさ、せっかくだから使ってよ」


 確かフレイディ様だっけ、ここ王都グランセントの公爵家の……

 馬車はめっちゃでかいしめっちゃ広そう、

 そしていつのまにか僕の持ってきた木箱から知らない従者がてきぱきを荷物を運び入れる。


「その棺桶はもういらないよね? 処分しておくよ?」

「あ、はい、ありがとうございます」

「うちの領地に入ったら馬車交代、そっからしばらくは面倒見るよ」


 リレーを申し出るエドワード様、でいいんだっけ、

 東の広い広い領地のぼっちゃん、もうこのあたりの人たちは初対面に近いのに。


「最後にハイドロン領を抜けたら君の領地までは我が商団の馬車で、

 ちょっと狭いけど速度は出せるし台数も多くしたから苦も無く着けると思うよ」


 ありがたい、かっこいい公爵のおぼっちゃん方が全部用意してくれた、助かる。


「その、ありがたいのですが、料金は」

「いらないよ」

「負けた男たちからの、勝者へのお祝いだと思ってくれれば」

「三人で計算したら六日くらいで着くよ」


 すごい、行きは十四日かかったのに!


「本当に申し訳ありません、助かります」

「ささ、お姫様が中でお待ちだよ、乗ったらすぐ出発で良いよね?」


ひときわ大きな、ベッドでも乗ってるんじゃないかって広さの馬車に入るとそこには……!


「あらおはよう、ゆうべは良く眠れました?」


 夢や幻ではない、

 僕のプロポーズをなぜか受けてくれた聖女様が!


「ソフィー様、お、おはようございます」

「んもう、ソフィーって呼んでくださいね」

「は、はい、ソフィー……さん」


 あらためて見ると美人だぁ、銀髪お嬢様、胸もなかなか……

 って向かいにはなぜかアベルクス先生が座っている。


「あれ? 先生はなんで?」

「途中まで護衛だ、あと行くところがあってな、そこまで同乗させてもらう」

「ご、ご苦労様です、よろしくお願いします」


 馬車を用意してくれた三人に手を振って出発、

 速い速い! そして揺れない! 快適だあぁ。


「凄い馬車ですね」

「そうですか?これが普通だと思いますが」


 隣りで微笑むソフィー様、

 いや、僕のソフィー、さん、でいいのかな。


「その、お聞きしても良いですか?」

「はい、なんでしょう」

「どうして、僕なんですか?」


 いきなり核心を聞いてしまった。


「あら、ミストくんがプロポーズしてくれたのよね?」

「は、はい、確かに、そうではありますが」

「どうして私だったの?」

「えっ、ソフィー様と一緒になりたくない男なんていないです、最高の聖女様なのに」

「あらそう? ありがとう」


 褒められて素直に喜んでいる、

 褒めたのは僕なのに! 僕ごときなのに!!


「なので、そんな最高の聖女様が、何の魅力も能力もない僕なんかを」

「あら魅力ならあるわよ?」

「えっどこに」

「ふふふ、これを告げるのはまだまだ先ですわね」

「は、はあ」


 なんとなく誰かにすがりたくなってアベルクス先生を見ると、

 ぼっーと外を眺めている。


「先生は、ソフィーさんの言ってる事、わかりますか? 僕の魅力って」

「まあ、わからんでもないというか、むしろわかる方だと思っている」

「はあ、そうですか」


 何を言っても僕をにこにこしながら見てるソフィーさん、

 ここは話題を変えよう。


「その、凄いですねSクラスの皆さん、こんな豪華な馬車を貸してくれるとは、しかも無料で」

「そうですわね、でもあの方々にはちゃんと考えがあっての行動ですわよ?」

「えっ、どういうことですか」


 髪から匂う清くも良い香り……心が洗われそうだ。


「建前から言うと、私が嫁に行った先とも繋がりを持っておきたい、そのために貸しを作ったという事ですわね」

「ええっ、単なる準男爵ですよ?辺境のへっぽこ村ですよ?」

「あらフォレチトン村ではありませんでしたか?」

「そ、そうですが、人口も千六百人くらいまで減ってるのに」

「かつては最高で八千七百六十人だったと記録に残ってますわよ?」

「はい、でもまあ、色々あって……この話は道中にまたゆっくりと」


 そうだな、ちゃんと僕の家の事を話しておかないと……


「ミスト、お前、自分の立場がわかってないのか」


 いつのまにか向かいの僕を見てたアベルクス先生、

 冷血教師と思っていたが今日は少しやわらかく感じる。


「立場って世間的には貴族とは認めてもらえない準男爵ですが」

「ソフィーの実力は知っておろう、魔法は全属性高位魔法を使え剣の腕も学年優勝、

 たとえ実家の大教会と関係がなくなったとはいえ、その力は強大だ」

「まあ確かに、とはいえたったひとりの力ですよね?」

「そのような叡智に溢れた人間、歩く大教会が嫁に入るんだ、その貴族が何にもならないはずがないだろう」

「つまりこれから大きくなると?」

「少なくともソフィーはそのつもりだし、実際そうなるだろう、

 だからこそ、その場合に備えて貸しを作っておいたのだろう」


 なるほど、だいたいわかった。


「じゃあソフィーさん、さっき建前って言ったけど、本音は?」

「本音というか本当の目的ですわね、それは……」

「それは?」

「私がミスト君と別れた後の、次を狙っての事でしょうね」

「ええっ、僕、ソフィーさんと別れちゃうんですか?」


 やさしく僕の頬を撫でてくれるソフィーさん。


「あの三人がそうなれば良いと思ってるだけよ、

 きっと気まぐれな遊びか何かで直に別れるんじゃないかって」

「そうなんですか? そうなるんですか?」

「私はそんな気ないわ、だってプロポーズを受けたのですもの」


 そっと僕の両手を握る……


「さて、お約束の時間ですよ」

「お約束?」

「昨日言いましたわよ、とある魔法をかけるって……

 どんな魔法でも受けてくださいますね?」


 その目に、なぜかちょっと怖さを感じた。


「アベルクス先生は、その魔法、知ってるんですか?」

「聞きはした、としか言えないな、ソフィー、本当に良いのか?」

「今更どうしたのですか? これは私の決意です」

「一応、国王陛下の方から念を押して聞くように言われている、本当の本当に良いのだな?」

「……では早速してしまいましょう、ミスト様、力を抜いて『受け入れる』と何度も念じてください」


 一瞬、逃げるなら今しかない、という感情が湧きかけたが、

 こんな聖女さまを手に入れられるなら、と力を抜く。


(受け入れる受け入れる受け入れる受け入れる受け入れる……)


「はい、目を閉じて」


 言われるままにすると唇に突然、

 やわらかいぬくもりを感じ、

 口の中に魔法のようなものが流れ込んでくる感覚がした!


(キ、キ、キスされたーーー!?)


  ファーストキスは不意打ちで完全受け身だった  

                        だめ貴族だもの。 ミスト

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