だめ貴族だもの。

風祭 憲悟

準男爵の一人息子編

第1話 だめ貴族の卒業式

「う~ん……まあ、これで合格で良いじゃろ」

「ほ、本当ですか先生!」

「ああ、ミスト=ポークレット君、晴れて卒業じゃ」


 恰幅の良いチョビ髭の中年教師、学年主任でもあり僕のいた最底辺教室、

 Gクラスを受け持ってくれていたイジュー先生が、渋々の表情で提出物を眺めている、

 ついさっきまで徹夜で仕上げた最終課題、正直言って文字で埋めただけと言われてもおかしくない代物だったのに!


「我が国アルドライドのグランセント王立聖貴学院は創立百二十八年間、一度も留年者を出しておらんからな、仕方なしじゃ」

「ありがとうございます、これで将来、父の爵位が継げます!」

「あくまで卒業を認めるだけじゃぞ、評価としてはGどころか、だめ人間じゃ」


 酷い言われようだが、投げ捨てるように渡された卒業許可証を大事に大事に受け取る、

 これで三年間の学院生活がやっと報われた、良い事なんてほとんどなかったが、これで僕もやっと……やっと……!


「ほれほれ、卒業式はもう始まっておるぞ?つかワシも行かんとな」

「は、はいっ!お世話になりました!!」


 深々と頭を下げてから飛び出すように職員室を出た、

 見慣れた広い中庭も今日でお別れ、なのだがここで最後の最後、想い出づくりのイベントがある、

 まあそれは置いといて、と大講堂へ行くと入り口で冷血女教師、剣聖リア=アベルクス先生が待ち構えていた。


「卒業できたのか?」

「はい、この通り!」


 卒業許可証を見せたが表裏逆だった、あわてて先生に向けるが今度は上下逆さだ、

 無表情でそれを一瞥すると長いクリーム色の髪が少しなびく、冷たいけど美人なんだよなぁ激烈に。


「……よし通れ、学院長の挨拶も卒業証書授与もすでに終わっているぞ」

「失礼します!」


 丁度、在院生代表の挨拶が終わった所だったようで僕は用意されている卒業生の席へ向かう、

 最底辺Gクラスの僕は当然のごとく最後方の末席だ、椅子も他と比べたらボロく見える、

 席は三つ並んでいてクラスメイトのアレグとメイソンが座り、空いている席には多分僕のであろう卒業証書が丸めて置いてある。


「お、やっと来たか」

「卒業できたんだ!あれで!」

「う、うん、なんとか」


 檀上で大教会のお偉いさんが長くなりそうな話をはじめたのを見ながら座り、僕らは最後列な事をいいことに雑談をはじめる、

 口火を開いたのはたった三人しかいないGクラスのクラス長であるアレグだ、青い短髪がかっこいい、このGクラス内限定だけど。


「三年間、辛かったよなー」

「ほんとGクラスに押し込められて人生終わったかと思ったよ」


 そう答えたのは副クラス長のメイソン、赤毛を少し伸ばしていていつも妹の自慢話ばかりしていた、

 たった三人しかいないのに副クラス長が居るのはまあ全クラスに居るからであって、A~Fクラスの生徒は各三十人と決まっている、

 人数が決まっていないのは将来このアルドライド王国を担うハイエリートの集いSクラスと、あとは……うん、Gクラスの僕らだ。


「アレグもメイソンもありがとう、君たちがいなかったら自主退学させられてたかも」

「いや、別に何もしてないぞ?最後の追加課題も手伝うのイジュー先生に禁止されてたし」

「見るだけなら見たけどな!あの時は返事できなかったけど今言う!お前、字、汚なすぎ!」

「え、今?三年間一緒にやってきて、卒業の今、それを言うか?!」


 ちょっと声が大きくなりかけた、控えなきゃなと思ったが前に座るFクラスの生徒が少しいびきをかきはじめている。


「でさ、三年間で一番良かった事ってなんだ?俺はクラス長になれた事と、あとはまあ、Eクラスのヴァレッタちゃんとつきあえた事かな」


 そういえば二年の秋期に一か月半だけつきあってたな、のろけ話が凄かったが急にプツリと途切れた時は色々と察して慰めた。


「俺は学院に妹を四回呼べた事かな、Aクラスの連中に色目使ってた時はヒヤヒヤしたよ、連絡先交換してたから何かあるかもな!」


 その妹、僕は一度も会えてないんだよなあ、運が悪くて……アレグはきちんと会って色々話してたらしいけど、感想的には下の上らしい。


「僕はその、大きい声じゃ言えないけどやっぱりその、あの図書館での出来事かなぁ……」


 そう、僕がこの学院に来てたった一度と言って良い素敵な経験、あれは三年の秋期の出来事だ、

 学院初の落第もありえる、その場合は自主退学してくれって脅されてガラにもなく図書館に籠って遅くまで勉強していた時、

 急な大雨が降ってきて魔術教師で図書室長のフレア先生がびしょ濡れで入ってきて、僕しかいなかったんだけどそれに気付かず鍵かけて、

 中で服を脱いでしぼりはじめて……あの時の姿は今も鮮明に憶えている、深緑色の大人な下着姿が今でも脳裏に焼き付いている。


「それ、聞いたときも言ったけど、フレア先生ってもう四十歳になるんだよな?母親と同じくらいじゃね?」

「熟女はない!逆に見たくない!でもそれが良い事だと言うのであればミストの中では一等賞で良いと思う!」

「うん、かなり経ってからアベルクス先生が来てくれて一緒にどっか行ってくれたから助かったけど、見つかったらどうしようかと」

「私がどうかしたか?」


 僕とメイソンの間に割って入り顔を出すアベルクス先生、あいかわらず無表情のままで怖い、そして良い匂い。


「ななな、なんでもないですぅ」

「先生!アベルクス先生に質問があります!」

「はいメイソン君、何か?」

「先生って二十三歳ですよね、つきあっている人はいるんですか?」


 卒業の日だからって、ぶっこむなぁ。


「ふむ、では私からの答えだ、私語は慎め、以上だ」


 塩対応が終わったと同時に大教会のお偉いさんの話が終わり、最後に首席発表だ、

 去年も一昨年も見たがその学年で一番成績優秀な者が表彰され挨拶する、

 その主席の称号だけで公爵に匹敵する、という話を以前授業でイジュー先生が言っていたな、こういうどうでもいい話は僕の頭に良く入る。


「えー、では只今より百二十六期生の首席卒業者を発表する」


 おお、久しぶりに学院長の声を聞いた!

 イジュー先生からは院内で会っても横に張り付いて頭を下げて顔を見るな言葉をかけるな失礼にあたる、

 とかさすがGクラスの生徒は人とは見られてない指示を受けたな、こういう式典くらいしかまじまじ顔を見れない、遠いけど。


「首席は……ソフィー=ミンスラー!こちらへ」


 その名前が上がると大歓声大喝采、その眩しすぎる姿はまさに大聖女様だ。



「八年ぶりの女性首席である、ささソフィー君、皆に挨拶を」



 銀髪のきらきらとしたお嬢様な髪、十五歳にしては大人びた仕草に皆、釘づけになる。


「ありがとうございます、しかしこの首席の座は全ての学友に頂いたものですから、みなさんで分け合いたいと思っています」


 声もほんっと綺麗だ、透き通る清水のような声、この声を聞けた事がこの学院にきて二番目に良かった事としたい。


「ですので、私たち百二十六期生全員が首席であると私の心の中では決めさせていただきます、みなさんも首席獲得、おめでとうございます」


 大人だぁ……ふと横を見るとアレグもメイソンも完全に見惚れていた。


「この三年間の、宝石のような、かけがえのない想い出を、本当に、本当に、ありがとうございました!」


 大きく頭を下げて壇から降りて行くソフィー様、気品あふれて僕なんか近くで息すらしちゃいけない存在だ、

 難しい言葉も使わず簡潔で素晴らしい挨拶……宝石のような三年間かぁ、なら僕はそうだな、消し炭のような三年間とでも言うべきか。


「続いて只今より異例ではあるが、百二十八期生の首席卒業者を発表する」


 その学院長の言葉に一同どよめく、アレグもメイソンも驚いている。


「あれ?百二十八期生って今年だよな?」

「卒業ってことは一年でか!すげえ!天才だ!」


 僕はぽかーんとすることしかできない、そんな凄い生徒が下級生にいたのか、噂すら聞いてないかも。


「首席は……ベルル=ヴェルカーク!こちらへ」


 背の小さい少女がニコニコしながら壇上へ、胸はでかい、さっきのソフィー様よりでかい、重そう。


「彼女は春期に一年生の課程を、秋期に二年生の課程を、そして本日の朝、三年生全ての課程を合格したので特別に主席卒業扱いとする」


 卒業証書を受け取ってこちらを向いた、お嬢様縦ロールの金髪少女だ、眉毛が濃い目。


「わたくし、お父様やお爺様のご厚意で、聖教会から三年だけという約束でこちらの学院に通わせていただいたのですが……」


 あーこれは何かで読んだことある、この国が信仰する大教会と二分する聖教会、

 かなり閉鎖的でそっち専用の学院があったはずだけど、それを蹴ってこっちに来てたのか、めっちゃ可愛い声だな。


「一年で卒業する事ができました、これも親身になって色々教えてくださいましたソフィーお姉様やリア先生のおかげですわ、感謝いたします」


 リア先生ってアベルクス先生のことか、と振り返るとすでにいない、わかってはいるがやはりクラスのランクで先生も生徒への態度が違うんだろう。


「残り二年、せっかくですので今度は教える立場になって頑張らせていただきますので、対象となる方は今後ともお願いしますわ、以上ですわ」


 壇から降りるベルル様、ぶるんぶるん揺れる大きな胸に目をやってはいけない、うん、彼女もまた聖女様なのだから……

 横ではアレグがメイソンに話掛ける。


「なあ、妹マニアとしてはあの飛び級少女、どう思う?」

「あれは桁違いのバケモノだね!彼女の兄になれるなら、うちの妹と交換するのも、やぶさかではない」

「そんなにか……」


 という、つぶやくような僕の感想と共に、卒業式は終わったのだった。


「……あ、卒業証書、お尻に敷いてた」


  丸めてあった卒業証書がぺちゃんこに  

                    だめ貴族だもの。 ミスト 

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