婚約破棄されたけど、わたくしは幸せです
編端みどり
オムライスが食べたいわ
「それじゃ、これで婚約破棄って事で」
「……かしこまりました。お世話になりました」
今日、わたくしは十年婚約者を務めた王太子との婚約を破棄された。
十年尽くした元婚約者は、可憐な少女を庇ってわたくしを睨みつけている。
友人も、遠巻きにわたくしを見ている。
あれだけ多くの人に囲まれていたのに、わたくしの周りには誰もいない。
婚約破棄されても、わたくしに自由はない。王妃教育を完了しているわたくしは、死ぬしかないだろう。……けど、自分の正義感に囚われている元婚約者様はそんな当たり前の事に気が付いていない。
「……ごめんね。けど、僕は彼女が良いんだ」
「左様でございますか。もう二度と会う事はないでしょうし、わたくしには関係ありませんわ。どうぞお幸せに」
周りが騒つくが、知った事か。
「それでは、ごきげんよう」
これで、最後だ。
笑え。
呆然としている王太子に背を向け、バルコニーに駆け込むとそのまま飛び降りた。
悲鳴が響き渡る。
泣き叫ぶ元婚約者の声がする。
そんなつもりじゃなかった。違うんだ。そんな叫び声がした。
知るか。
わたくしを捨てるのなら、わたくしは死ぬしかない。知らなかったなんて言わせない。王族なのよ。それくらい分かってるでしょ。ま、忘れてたのかもしれないけど、それは本人と教師……親の責任よ。
婚約者として最後に送った手紙は、明日届くだろう。どうぞ、真実の愛を貫いて下さいな。
貫ける、ものならね。
落下するわたくしは、王家自慢の庭園の木の枝を折り、バルコニーから見えなくなった。その瞬間、重力に従って落下していた身体が柔らかいものに包まれる。
こうなる事は、昨日から分かっていた。だから、ここで飛び降りた。こうすれば、わたくしは自由になれるから。
「よっ……と。相変わらず軽いなぁ。もっと食えよ」
「ずっと食事制限されていたんだから仕方ないでしょ」
「これからは好きなだけ食べようぜ。なんでも作ってやるからよ」
「ホント?! なら、あの時のオムライスが食べたいわ」
「分かった。すぐ作ってやるよ。まずはここから逃げてからな」
「うん。ありがと! 嬉しいわ」
表情の変わらない王太子の婚約者。それが彼女の評価だ。だけど、本来の彼女は違う。
喜怒哀楽を表現しないから、喜怒哀楽がないわけではない。王妃となるもの、喜怒哀楽を出さず常に冷静沈着に過ごすべし。そう教育されただけだったのだ。
「お父様とお母様とは、いつ会える?」
「一年後ってとこかな。領民を放り出せねぇし、後始末もあるんだと」
「そっか。お手紙は書ける?」
「ああ、手紙を預かってる。ここから逃げたらゆっくり書こう」
「嬉しい! ありがとう!」
「もっと頼ってくれ。これからはずっと一緒だ」
幸せそうに男性に擦り寄る令嬢は、冷静沈着な王太子の婚約者ではない。
王太子の悲痛な叫び声が響く。彼女は王太子との婚約を破棄された。世間一般では、負けた。という事になるだろう。
だが、彼女は幸せだ。
やりたくもない王妃をして、夫に愛されない人生を送るより、愛する人と暮らして素朴なオムライスを食べたい。
素朴なオムライスを作る、大好きな恋人が遠く離れた国の国王であると知るのは……まだまだ先の出来事だ。
婚約破棄されたけど、わたくしは幸せです 編端みどり @Midori-novel
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