第56話

「――と、威勢いせいよく啖呵たんかを切るまでは良かったが、兄貴の作った将棋AIに勝てる見込みは全くない、というわけだな」


 ――放課後の実験室。

 小林こばやしこえは、三角フラスコとアルコールランプで淹れたコーヒーをビーカーで美味そうに啜っていた。


 小柄で少年のようなベリー・ショートの髪が印象的な少女・小林声は実際に起きた殺人事件を解決に導いたこともある、学園でその名を知らぬ者はいない名探偵だった。


「……はい、その通りで御座います」

 ふみ香は丸椅子に座って、柳のように項垂れている。


いささか冷静さを欠いたな、美里みさと


「……はァ。あのときはもう、兄の思い通りにことが運ぶのを阻止することで頭がいっぱいで、それ以外のことはあんまり……」


「だが、よくお前の兄貴はその勝負を受けたな。兄貴の目的は部長の六角ろっかくに敗北を与えることなのだろう? それなのに相手がお前では、手間暇かけてAIまで開発した苦労が水の泡ではないか」


「……ええ。当然、兄は将棋部の代表者が私になることを認めませんでした」


 とはいえ、ふみ香としても自分の与り知らないところで自分の居場所を失うだなんてぴら御免ごめんだった。


「そこでパソコン部の窓辺まどべ部長の提案で、兄が私に勝てば私はパソコン部のものになり、兄はその後六角部長と戦うことになりました。私が負けても、その後六角部長が勝てば最新型パソコンは将棋部のものになる、という取り決めで」


「……ふん、パソコン部は何としてもお前のことが欲しいようだな」


「そこで小林先輩に相談なんですが、私が兄の作ったAIに勝つ方法はないものでしょうか?」


 すると、小林は眉間にしわを寄せて露骨に嫌そうな顔をした。


「私の専門はあくまで謎解きだ。謎も何もない、単なる将棋の対局に私が力を貸せるかどうかは甚だ怪しいものだぞ」


「……ですよね」


「だが、美里には音楽室で起きた事件の捜査協力をして貰った貸しがあるからな。絶対に勝たせてやる、などという保証はできないが、それでも良ければ相談にくらい乗ってやろう。それでは詳しい対局のルールを教えてくれ」


「はい。持ち時間は将棋部側は30分。持ち時間がなくなると、1分の制限時間内に次の手を指さなければ時間切れ負けになります。パソコン部側は将棋を指すのはAIなので、持ち時間はなしです」


「……ふむ。随分AIに有利な条件だな。それでAIが選んだ手を実際に指すのはお前の兄貴になるのか?」


「いいえ。『成金なりきん君』っていうロボットアームがパソコンに繋げられていて、そのロボットアームが実際に駒を掴んで将棋を指すんです。駒をとったり、ひっくり返って成ることだってできちゃう優れものです」


「……なるほどな。将棋がわからない者でも楽しめる為の工夫といったところか。対局に使う道具はどちらが用意するのだ?」


「基本、将棋部の部室にある備品を使います。毎年、文化祭用に少し高級なやつを使っているみたいですが、特にルールで決まっているわけではありませんね」


「……そうか。たった今、お前が将棋AIに勝てるかもしれない策を思い付いた」


 小林はそう言って、凶悪な笑みを浮かべていた。

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