第37話

 ――午前7時。


 美里みさとふみが将棋部の部室で朝練をしていると、唐突に非常ベルが鳴り響く。


「……朝っぱらから何やねん?」

 棋譜を並べていた白旗しらはた誠士郎せいしろうが顔をしかめて呟いた。


「どうやら始まったようだね」

 将棋部に入部した喜屋武きゃん彩芽あやめがニヤリと笑う。


「……始まったって何がやねん?」


「僕たちの対決ですよ」


 すると、ふみ香のスマホがブルブルと震えだした。着信は小林こばやしこえからだ。


「…………」


 これまで、ふみ香から電話することはあっても、小林から連絡があるなんてことはなかった。


「……もしもし」


「美里、近くに白旗はいるか?」

 小林の少し張り詰めた声。


「……はい、部室に一緒にいますけど」


「なら、これからする話を一緒に聞いてくれ」


 ふみ香は小林に言われた通り、スマホをスピーカーホンに切り替える。


「たった今、校内で殺人事件が起きた。それも三件同時にだ」


「三件同時ッ!?」

「何やてッ!?」


 ふみ香が横目で睨むと、喜屋武がペロリと舌を出していた。


「場所はそれぞれ体育館、西校舎の非常階段、グラウンドの東にある百葉箱だ。全て私が行って回りたいところだが、事件発生から時間が経てばそれだけ手掛かりが消えてしまう可能性が高い。そこでお前たちの手を貸して欲しい」


「…………」


 確かに時間の経過は、それだけで事件の証拠をかき消してしまう要素になり得る。

 たとえば、先日の『空のプール殺人事件』。犯人の不注意でプールの底に松ぼっくりが残っていたことで、小林は見事に真相を導き出すことができた。しかし、もし死体の発見が遅れていれば、折角の証拠は変容して役に立たなかった。

 そうなれば、小林といえども真相の究明は困難を極めただろう。


「私は現在地から一番近い体育館へ向かっているところだ。百葉箱の方は三つの中で最も緊急性が低い。白旗、美里、お前たちは西校舎の非常階段へ向かってくれ。第一優先は現場の保存。可能なら写真で現場の様子を撮影しておいて欲しい。決して無理はするなよ」


「…………!?」


 ――何てことだ。

 あの小林声がふみ香と白旗に協力を仰いでいる。白旗からすれば、憧れの存在である小林からの共闘の申し出。断る筈がない。


「断る!!」

「ええーッ!?」


 ふみ香は思わずズッコケて、スマホを落としそうになる。

 白旗誠士郎。この男、単純なようでいて、中々読めないところがある。


「力を貸せやと? 気に入らんなァ、小林。事件が三つに名探偵が二人。せやったらやることは一つ。ここは勝負やろ!! 勝敗は当然どっちが多く事件を解決したかやッ!!」


 ふみ香は大きく溜息をつく。

 何のことはない。どうやら喜んで協力する気満々ということらしい。


「……全く、素直じゃないんだから」


「美里、何か言うたか?」


「……いえ、何も」


「……ふッ。わかった。その勝負、受けて立とう。だが、相手は腐っても人殺しだ。繰り返すが無理はするなよ」


「ふん、浪速なにわのエルキュール・ポアロ舐めとったらアカンでェ!!」


 白旗はかつてない程のハイテンションでそう叫んだ。

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