第28話

 ――放課後。


 ふみは将棋部の部室で、喜屋武きゃんがやった手品のことを白旗しらはた誠士郎せいしろうに話す。


「ふん、そらトリックやな」

 白旗は馬鹿にしたように鼻を鳴らして言う。


「……トリックって、白旗先輩にはどうやったのかわかるんですか?」


「ふッ。ま、俺くらいの名探偵ともなれば、話を聞いただけで真相がわかってまうもんなんよ。アームチェア・ディティクティブちゅうやっちゃ」

 白旗は顎に手を当てて気取ってみせる。


「御託は結構なので、格好付けてないでとっとと説明してください」


「……実際に見たわけやないから、想像でしかないけどな。美里みさとの話やとその喜屋武って女は、瓶にルービックキューブを入れる瞬間は腕を背後に回して見せへんかったわけやろ?」


「……ええ。でも一瞬のうちに、ルービックキューブが瓶の中に隙間なく入っていましたよ」


 確かにルービックキューブが瓶の中に入る瞬間こそ見えなかったが、どう足掻いたところで不可能なものは不可能だ。


「おそらくそのルービックキューブは弾力性のあるゴムでできとんねん」


「……ゴム?」


「ちょっと触ったくらいではわからないくらいの固さのゴムや。それを思い切り強く握ると変形する仕掛けになっとる。そして両手を後ろに回した瞬間、ルービックキューブを変形させて瓶の中に捻じ込んだ」


「…………なるほどッ!!」


 ふみ香は白旗を少し見直していた。

 実際にその方法で瞬間移動を行っていたかどうかは定かではないが、あのときの状況を充分説明できている。


「……手品師の転校生か。それにしても変わった女やなァ」


「変わった女で悪かったね」


 将棋部の部室の扉を開けて現れたのは話題の人物、喜屋武彩芽あやめだった。


「入部希望者かな?」

 部長の六角ろっかく計介けいすけが立ち上がって喜屋武に尋ねる。


「どう考えてもそんなわけないっしょ~。空気が読めない先輩だな~」


「…………」

 六角は部屋の隅で小さくなってしまう。


「……ほんで、ブラックマジシャンガールが将棋部に何の用やねん?」


 喜屋武は鞄から何かを取り出すと、白旗に向かって放り投げた。


「……おッと!?」


 白旗が両手でキャッチしたのは、ふみ香が今朝のホームルームで見たのと同じ大きさの瓶である。しかし、中に入っているのはルービックキューブではない。瓶の中に隙間なく入っているのは丸ごと一個のオレンジである。


「何やこれはッ!?」

 白旗が瓶を逆さまにしてみるが、中のオレンジは出てこない。

 どう見ても本物の果実だ。これではルービックキューブのように細工をすることはできないだろう。


 ――一体どうやって瓶に入れたのか?


「残念だけど、アンタの推理はハズレ。僕の瞬間移動能力はホンモノなんだ」


「……わざわざそれを言う為にここに来たんか?」

 白旗はニヤリと笑ってみせるが、完全に顔が引き攣っている。


「教えてあげようかと思って。小林こばやしこえに挑戦しようって人間は何もアンタ一人じゃないってことをね」


「……何やてェ!? ってことはお前も探偵なんか!?」


「ふふ、その推理もハズレ。探偵と戦うのが探偵だけだと思ったら大間違い。僕は殺し屋。瞬間移動で人を殺すのが仕事なの」


「…………」


 喜屋武の衝撃的な発言に、ふみ香と白旗は思わず顔を見合わせる。


「あッはッはッ!! 殺し屋て!!」


「……さてはアンタ、信じてないね?」


「信じてないも何も、もしそれがホンマなら、それ絶対言ったらアカンやつやないか!!」


「それがそうでもない。不能犯ふのうはんって言葉をご存知? たとえばうしの刻参りで人を呪い殺したとしても、その行動と殺人との間に因果関係が説明できない限り、罪に問うことはできない。つまり、五キロ先からボールペンをアンタの脳みそに瞬間移動させて殺したとしても、僕は存分にシャバの空気を吸えるってこと」


「…………」


 ふみ香は喜屋武の言葉に戦慄する。

 本当に喜屋武に物質を瞬間移動させる能力があるのなら、アリバイも密室も作りたい放題ということだ。

 それはノーリスクで人を殺せることを意味する。


「……ほーん、面白おもろいやないか。やれるもんならやってみろや」


「言われなくてもそのつもり。明日の放課後、17時ちょうどに旧校舎にいらっしゃいな。そこで面白いもの見せてあげるから」


「……何や、今やらんのかい?」


「仕事は仕事として、僕の目的は小林声を負かすことなの。アンタはただのオマケ。というわけだから、よろしく~」


 喜屋武彩芽はそう言って将棋部の部室を後にした。

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