第23話

「……は、はさみがひとりでに移動したやとォ!? そんな話、信じられるかァ!?」

 白旗しらはたが大声で叫ぶ。


「いや、トリックを使えば可能だ。犯人はあるトリックを使って、兇器きょうきだけを一瞬で非常階段の一階まで移動させた」

 小林は静かにそう言った。


「……トリック?」


「私が最初に抱いた疑問は、なぜ犯人は兇器に鋏を使ったのか? ということだった。人を殺すのが目的ならナイフや包丁の方が殺傷力が高いのに、何故わざわざ人殺しには不向きな鋏を選んだのか?」


「……小林先輩、電話でもそんなことを言っていましたね?」

 ふみ香は小林に電話で事件の概要を伝えたときのことを思い出していた。そのときも、兇器に鋏が使われたことを疑問に感じていた様子だった。

 ふみ香としては小林が何故そこに拘るのかの方が疑問なのだが……。


「ナイフと鋏には一つ大きな違いがある。美里、何かわかるか?」


「……鋏には刃が二枚付いていることでしょうか?」


「そうだな。鋏は二枚の刃を動かして挟むことで、ものを切断する道具だ。そして、。この点が重要だ」


「……リング?」


「トリックの手順はこうだ。犯人は最初に非常階段一階で、遊部優吾の喉笛を鋏で切り裂いて殺害する。そこで鋏の持ち手のリングにコンベックスの目盛りテープを通しておく」


「……コンベックスって?」


「金属製の巻き尺のことだ。一般にテープがビニール製のものをメジャー、金属製のものをコンベックスと呼び分けることが多い。そのコンベックスの目盛りテープの先端、爪の部分を遊部の死体の右手の中に引っかけておく。後はそのままテープを伸ばしながら、非常階段を三階まで上がっていく」


「…………」

 ふみ香はその様子を想像してみる。

 コンベックスのテープが、螺旋階段に沿ってぐるぐると伸びていく。


「このとき、兇器の鋏の持ち手のリングに目盛りテープは通ったままだ。犯人はそのままの状態で梶原を殺害。後は鋏を伸ばしたコンベックスのテープに沿って落としてやれば、重力に従って鋏は階段や手すりに血の跡を残しながら遊部の手元へとスルスル降りていく。最後にロックを解除すれば、テープはコンベックス本体に自動で収納されるという寸法だ」


「…………!?」

 ふみ香は小林の推理に驚愕する。本当に血の付いた兇器だけを一階まで移動させてしまった。


「ここまでわかれば犯人は自明だ。犯人は死体の第一発見者、木本ことね、お前だ」


 その場の全員の視線が、ツインテールの少女に集まる。


「……結構いいトリックだと思ってたんだけど、バレちゃったら仕方ない。そう、二人を殺したのは私だよ。私って何をやっても上手くいかなくてさァ、折角彼氏ができてもすぐに他の女に盗られちゃう。だったらもう一度奪い返してやればいいと思って」


 木本ことねはポケットから折りたたみ式のナイフを取り出すと、自分の喉元に突き付けた。


「近寄るなッ!! 少しでも私に近づけば、この場で死んでやるッ!!」


「……よ、よせッ!!」

 白旗が一歩近づこうとするのを、小林が後ろから服を引っ張って引き止める。


「甘えるな」

 小林が射るような視線で木本を突き刺した。


「どんな理由があっても、二人もの人間を殺した時点でお前に同情の余地はない。この期に及んで自殺を止めて貰えるなどと思うなよ。死にたいのなら好きにしろ。私がここで見ていてやる」


「……うッ、ううッ!!」


 木本ことねはナイフを床に落とし、泣き崩れた。

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