!bsr

@hibit

itsyo

 この間経験した、不思議な話。


 俺は「BeatSaber」というVRのリズムゲームが好きで、普段からよくやっている。基本は、一人用ゲームなんだけど、俺は配信しながらやるのが常だった。リクエストって機能があって、それが楽しいの。配信のチャットで譜面をリクエストすると、配信者がその譜面を遊ぶことができるっていうもの。例えば、「!bsr 2c206」といった風に。後者の文字列は譜面のIDね。


 人気配信者だと、色々な人が好き勝手にリクエストをするもんだから待ち行列キューが渋滞するなんてことがあるんだけど、俺の場合は、悔しいことにそんなことは稀だ。


 その日も、視聴者は10人もいなくて、知り合いから何回か挨拶はきたけど、コメントは疎らだった。独り言みたいな感じで適当にしゃべりながら配信していたら、急にリクエストが来た。


 !bsr itsyo


 知らない視聴者だった。IDは、ランダムな文字列を並べた感じの、明らかな捨て垢。経験上、こういうのって、ろくでもないのが多い。ネタ譜面か、最悪嫌がらせ。


 でも、それ以上に気になったのは譜面のキー。これは、基本的に数字か「f」までのアルファベットなの。それ以外の文字が入るなんてあり得ない。なのに「Request fe6516e0d145e51224f1dd5d95d6b46088277a0f906448b6a7a96469d127aff0c2fbe73a86ec66ea5193905a7acfe81eb39e1eb9f5f8eacf6123e14b418a4a34 added to queue」っていうチャットが出て、滅茶苦茶な譜面名ながらも普通に通ってる。


 一応、その名も知らないリクエスト主に、拙い英語で「ワット、イズ、ディス?」で聞いたけど、当然のように返事は返ってこない。そもそも、英語話者かもわかんないし、愉快犯なら返事をする訳がない。気味が悪かったけど、とりあえずやってみることにした。嫌がらせでも、それはそれで話のネタになるしね。


 予想通り、それはまともな譜面ではなかった。とは言っても、ゲームをクラッシュさせるとか、音割れの音源が流れるとかの、露骨な嫌がらせではなかった。


 ただ、変な譜面であることは間違いない。


 無音で、すごくゆっくりした速度で壁が迫ってくる。


 それも、ただの壁じゃない。細かく形が設定されていて、最初ヒトデみたいだなと思ったけど、すぐに、ああ、人の形なんだなってわかった。こういうのって、MODモッド、つまり改造プログラムで細かく設定しないとできないはずなんだけど、手が込んでいるのは嫌いじゃない。


 その人型の壁は俺の眼の前まで近づくとその動きを止めた。同時に、ちょうど右足首(俺から見た方向ね)にあたる部分にノーツが出現した。ご丁寧にも、「hit 115 !!」という、細かい壁で描かれた文字も合わせて出現する。なるほど、これを斬れってことか。


 115ってのはこのゲームにおけるノーツの満点。他の音ゲーでいう「PERFECT」とか「ピカグレ」とかとほぼ同じ。要はちゃんとフルスイングして狙えってこと。


 でも、いざノーツを斬ったその瞬間、


「ぎゃあああああああああああ!!」


 って、悲鳴が耳元から聞こえたの。男の悲鳴。聞いたことあるような気がするけど、でもなんか違和感のある、まあ、とにかく男の悲鳴。


 いきなりのことにびびって、数秒間固まってたけど、なんてことはない、効果音ヒットサウンドが差し替えられてたんだ。前言撤回。やっぱり、これはただの嫌がらせ譜面だ。スイングも途中で終わっちゃったから、115点どころか80点。こんな嫌がらせ譜面でも、スコアが出ないのはなんか悔しい。

 

 タネさえ分かれば何もビビることはない。次は左足首にノーツが現れたが、俺は躊躇いなくフルスイングで切り抜いた。110点。ちょっと狙いがズレた。当然、斬った瞬間に例のよくわからん悲鳴が聞こえるが、知ってさえいれば何もビビることはない。


 次は右太腿にノーツが現れる。せっかくだから最後まで付き合ってやるか……と思ってセイバーを振りかぶった瞬間、コメントが来た。


 それは普通のリクエストだった。ちょうど今配信を見に来たであろう知り合いから。自作譜面らしかった。しかも、そいつの新作で、一刻も早くその感想が欲しいという意図は明らかだった。


 順番が回ってくるまで待ってもらうのが筋だけど、こんな嫌がらせ譜面にまでそんな義理を通す理由はない。俺はその譜面を中断して、そのリクエストをやることにした。


 一応、システムが変にバグってないかだけは確認したけど、その後のプレイはいつもと同じ環境で行うことができた。その後も、別の知り合いや、海外の初見さん(もちろん、まともな人)からいくつかリクエストが来たので、その日はそんな嫌がらせが来たこともいつの間にか忘れて、普通に配信を終えた。


 ---------------------------------------------


 その夜、不思議な夢を見た。

 

 夢の中の俺はBeatSaberをやっていた。黒い背景に、青と赤を基調とした、直線的なレーザー。夢の中でもやるなんて、相当毒されてるな……と思ったが、なんかいつもと見ている景色が違う。


 普段と逆なのだ。俺は(普段プレイする方からは)奥の方にいて、遠くの足場には見慣れた俺のアバター(3Dモデル)がいた。俺はここにいるってことは、じゃあ、あの中にいるのは誰なんだ?


 俺は巨大な壁に、大の字に磔にされていた。身動きが取れないまま、アバターと対面するような格好で1mぐらいの距離まで近づいた。まるでノーツになった気分だ。


 アバターはセイバーを構える。それはゲームに出てくるライトセイバーもどきじゃなくて、本物の剣?になっていた。まるで牛や鮪を解体するみたいな、巨大な刃。それが、俺の左足首に振り下ろされる。


 鮮血が飛び出る。夢の中だから痛みは感じないはずなのに、俺はたまらず声を上げた。そこで気づいた。


 寝る前にやった配信で聞いた悲鳴。


 


 自分の声って、録音して聞くと別人に聞こえるじゃん。だから聞いたことあるのに違和感があったんだ。


 アバターは俺の悲鳴にびっくりして一瞬怯んだような動きを見せる。でも、アバターは笑顔のままだ。そりゃ、それ以外の表情を設定してないから当たり前なんだけど。数秒の逡巡の後、アバターは再び刃物を構えた。次の獲物は右足首のようだ。


 今度の斬撃には一切の躊躇いがなかった。


 勢いよく振り下ろされた刃物は、そのまま豪快に俺の右足首を切り裂いた。また悲鳴を上げてしまう。


 やめてくれ……と言おうとしたが、声は出ない。


 アバターは貼り付けたような笑顔を浮かべたまま、俺の左太腿に向かって、狙いを定めた。


 ---------------------------------------------


 そこで、目が醒めた。今度は本物の激痛とともに。


 俺の左足首には切り傷が、そして右足首にはもっと深い切り傷が出来て、夥しい血が流れていた。救急車が必要な怪我であることは明らかだった。


 その後、俺は自力で救急車を呼んで、病院で治療を受けることになった。幸い、後遺症が残ることはなかったが、しばらくは松葉杖生活を余儀なくされた。ただ、医者によると右足首は危ないところだったらしい。


「あと数ミリズレてたら、神経が斬られてたよ」とのことだ。


 当然、怪我の原因を聞かれた。本当のことを言ったら、頭のおかしいやつ扱いされそうだから、「キッチンの吊り戸棚から皿を取ろうとしたら足場を踏み外してしまった」とか適用にウソを吐いた。


 あの日の配信は、何故かアーカイブも消えてしまった。その後は謎のリクエストが来ることもなく、楽しくBeatSaberをやれている。


 でも、今でも時々思う。


 もし、あのまま人型のノーツを


 足首だけじゃなく、腕や腹、そして首のノーツまで斬っていたら?


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る