第78話 エピローグ(4)条件と理由

「師匠の墓を作りたいんだ」


「それはもちろん構いませんが、さすがに遺体は取り返せませんよ? 国際問題になります。なにせこの件ではこちらの腹は真っ黒です。神聖ロマイナ帝国に本腰を入れて探られると、とてつもなく不味いことになりますので」


「分かっている。無理は言わない。墓だけ用意してくれればいい。花を手向ける場所すらないなんてのは悲しいからさ」


「かしこまりました。では後で、お師匠さまのお名前を教えてくださいね。墓標を作るときに必要ですから。墓銘なども希望があれば言ってください」


「ありがとうアストレア。恩に着る」

「いえいえ、これくらい大したことではありませんよ」


「それともう一つ。今まで通り、俺をここに置いて欲しい」


「契約を続けるとなると、まぁ自然とそうなりますよね。なにせリュージ様は住所不定・無職ですし、それも当然のことです。それで他には?」


「俺の要求はそれだけだ」

「えっと……?」


 それだけだ、と言われてしまい、アストレアは困惑した。


「それだけでいい。師匠の墓と、今まで通りいさせてくれればそれで構わない」


 リュージは改めて自分の契約条件を伝えた。


「ええっと、本当にそれだけでいいんですか? それではあまりにも私にしかメリットのない契約だと思うんですけど」


「特に問題はない」


「……では質問を変えます。リュージ様がそうまで譲歩してくれる理由を、お聞きしてもよろしいですか?」


 ここで『ラッキー♪ あざーす♪』とは決して思わないのが、人のいいアストレアである。


「理由は主に2つある。1つは師匠の意思を──『勇者の剣』を振るって正義を為した師匠の想いを継ぎたいんだ。他でもない正義の改革者であろうとし続けるアストレアの近くで」


 正義を為すためにはいろんなやり方がある。

 がしかし、リュージは当面はアストレアの元で活動しようと考えていた。


「なるほど、私の国政改革の賛同者、かつ協力者になってくれるというわけですね。それは実に心強いです。ですがもし私の改革が間違ってしまったとしたら、リュージ様はどうしますか?」


「まずは何度も説得する。聞き入れられないようであれば、その時は俺がお前を斬る」


「これまたキッパリと言い切りましたね……」

「それが剣士の在り方だと、師匠から死の間際に教えて貰ったんだ。剣士は結局、最後は剣で語るしかないからな」


「ではリュージ様に斬られることがないように、気合いを入れて頑張らないとですね」

 アストレアは苦笑するが、


「実を言うと、俺はそんなことにはならないと確信しているから、今まで通りで大丈夫さ」


「これまたものすごい信頼度ですね」


 リュージから、今は亡きユリーシャさながらのイケメンスマイルを添えて言われてしまい、アストレアはなんともふわふわした気分になりながらも、そうとは悟られないように素知らぬ風を装いながら会話を続ける。


「最初の契約をした時に、お互いの信頼が必要だと言ったのはアストレアだろう?」


「懐かしいですね。目を治していただいた時ですよね。はい、確かに私はそう言いました。覚えてくれていたんですね」


 アストレアはそれがなんとも嬉しくて――素知らぬ風を装っていたはずが――自然と笑みがこぼれてしまった。


「もちろん。アストレアの言葉なら覚えているさ」

「そ、そうですか」


 まっすぐな瞳と言葉でキュンなセリフを言われてしまい、アストレアはもうどうしようもないくらいに頬が火照ってしまうのを止められなかった。

 女王といえど、アストレアも1人の女の子なのである。


「どうした? 少し顔が赤いぞ?」


「な、なんでもありません。1つ目の理由は分かりました。では2つ目の理由はなんでしょうか?」


 ここでアストレアは特に深い意味もなく、話の流れでその言葉を告げた。

 告げてしまった。

 まさかリュージから、思いもよらなかった答えが返ってくるとは思いもよらずに。

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