第73話「姉さんとパウロ兄の仇を、今ここで取らせてもらうぞ――!」

「あの愚かな大男が言ったからできるだって? なんだい、その穴だらけの間抜けな論理は。ボクにまったくかなわないでいるこの現状を、その間抜けな目でよく見てみろよ!」


 慢心を隠そうともせず、あざ笑うように言ったカイルロッド=デルピエロの言葉を、


「あいにくと師匠の言葉とてめぇの言葉なら、どっちを信じるかなんて悩むまでもないんでね」

 リュージはこれ以上なく端的に切って捨てた。


 あまりに迷いなく断言されて、


「ちっ、どこまでもウザいな君は。現実を見ない空想のような理想論の押し付けには、いい加減うんざりだよ。いいよ、そこまで言うならやってみせなよ?」


 いら立ちを隠そうともせずに言ったカイルロッド=デルピエロに、


「はっ、ははっ、あはははははっ!」

 今度はリュージが大きな笑い声をあげた。


「なんだい、図星を指されてしまって、もはや笑うしかできなくなったのかい?」


「そんなわけねえだろうが。やってみせろだと? 何を勘ちがいしてやがる、もうお前にそんな選択肢はねぇんだよ」


「……なんだって?」


「お前を仕留めるのに十分なだけの『気』は既に溜まっている。後は俺がいつお前を斬るか、それだけなんだよ。元よりお前に選ぶ権利なんざ与えられてねぇっつーの」


 そこでカイルロッド=デルピエロは気が付いた。

 気が付いてしまった。

 鞘に納められた刀──菊一文字から漏れ出で、立ち昇りはじめた尋常ならざる剣気を。


 まるで命を全て、この瞬間に燃やし尽くそうとしているかのごとき、獰猛で猛々しく、透き通るほどに鋭く、純粋で向こう見ずで、なにより圧倒的なまでの『気』の高まりを――!


「な、なんだこれは!? なんなんだよ、このありえない力は!? こんなのおかしいだろ!?」


 その途方もない力の高まりに、カイルロッド=デルピエロは狼狽せずにはいられなかった。


「おかしくなんてないさ。神明流とは震命流――すなわち命を、心を震わせる剣術だ。俺はもう覚悟を決めた、お前を殺すために全てを投げうつ覚悟をな! 命を賭けてお前を斬る覚悟を、俺はもうとっくに決めているんだよ!」


「ぅぐ――」


「俺の命を! 俺の持てる全ての力を籠めて! 俺はこの一刀を放つ! 姉さんとパウロ兄の仇を、今ここで取らせてもらうぞ大罪魔人カイルロッド=デルピエロ!」


「ま、待て……話せば分かる。ボクが悪かった――」


 カイルロッド=デルピエロは後ずさりしようとして、しかしすんでのところで思いとどまった。


 もはや指先一つでも動かした瞬間にリュージに斬り殺されると、どうしようもないほどに理解してしまったからだ。

 カイルロッド=デルピエロの本能が、動くと死ぬと警鐘を鳴らしてくる。


 しかし結局のところカイルロッド=デルピエロが動こうと動かまいと、結果が変わることはないのだった。


 なぜなら目の前の敵を――カイルロッド=デルピエロを斬るということ以外、もはやリュージの頭の中にはなかったのだから。


 言うなればそれは、極限まで精錬され、純度を増した殺意の発露――!


「さてカイルロッド、無駄話は終わりだ。この世へのお別れは済ませたか?」

「ま、まま、待って、くれ――」


「待つわけねえだろ。だせぇ寝言は寝てから言えよ、魔人様!」


「このっ、クソがぁっ! 生意気言ってんじゃねぇぞ、たかが人間の分際で!」


 鮮烈なる殺意の前に追い詰められていたカイルロッド=デルピエロは、ついに一か八かの攻撃にうって出た。


 リュージが抜刀するより先に攻撃を当てようと、目を見開いて獣のごとく猛然とリュージに襲い掛かる。


 しかし。


 そんなカイルロッド=デルピエロの行動すらも、リュージにとっては想定の範囲内に過ぎなかった。

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