第62話 サイガ=オオトリ

「なんでと言われると、カイルロッド皇子に金で雇われたからだな」


「雇われた?」

「いわゆる用心棒ってやつさ。お前といた頃も時々やっていただろ?」


 刀の背を肩に乗せたサイガ=オオトリが、ははははっと陽気に笑いながら言った。


「用心棒だって? 師匠がカイルロッド皇子の? なに言ってんだよ?」


「いやな、酒を買う金が足りなくなってだな。そしたらちょうど割のいい仕事があったからやってみたんだが、まさかお前と会うことになるとはなぁ」


 あっけらかんと言ってのけるサイガを前にして、リュージはいまだ混乱から立ち直れないでいた。


 隠しきれない動揺に視線をさまよわせるリュージがふと、サイガの奥にある馬車へと視線を向けると、窓からやりとりを覗いていたカイルロッド皇子とバチリと視線が交錯した。


 カイルロッド皇子は豪奢に着飾った以外は、なんとも冴えない風体の男だった。


 リュージが凍り付くような殺意を込めて睨みつけると、カイルロッド皇子は怯えたようにすぐに馬車の中へと引っ込んだ。


 とても大国の皇子とは思えないその臆病極まりない態度に、リュージの中に激しい怒りが沸いてくる。

 復讐に生きるリュージにとって怒りは最大の原動力であり、根源でもある。


 そのためリュージは怒るという感情によって、いくぶん冷静さを取り戻すことができていた。

 常人とは全く正反対の、リュージならではの感情の動きである。


「どいてくれ師匠、俺はカイルロッドを殺さないといけないんだ」

「そりゃ、こいつはお前の復讐相手だもんな」


「知っていたのか?」

「ま、オレもお前が心配でな。親心というか、お前を送り出した後に俺なりにいろいろと動向を追っていたのさ。こう見えて色々と手広くツテがあってな」


 サイガは今でこそ飲んだくれのおっさんだが、その人生の多くを神明流の剣士として人助けや国助けに費やしてきたため、かなり強力なコネやツテをあちこちに持っている。


「分かっていたなら、なんで師匠はこいつの用心棒になんてなったんだよ!」


 サイガのあまりな物言いに、リュージは感情をき出しにして声を荒げた。


 リュージの復讐への強い思いを知るサイガが、カイルロッド皇子の用心棒になるということは、これはリュージに対する究極の背信行為に他ならない。

 リュージが怒りをあらわにするのは当然のことだった。


 しかし、


「だから酒を買う金がなくなったからだって言っただろ?」


 サイガはポリポリとほほを掻きながら、リュージの怒りなんて意にも介さずにおチャラけたように言ってくるのだ。


「そんなはした金なら俺がいくらでも用立てられる。だから今すぐそこをどいてくれ。頼む師匠」


 アストレアに頼めば酒代くらいは出してもらえる。

 なんならサブリナでもいい。

 2人とも、リュージが誠意を込めて頭を下げれば無碍むげにはしないだろう。


 大酒飲みのタイガの飲む酒の量は半端ではなく、自力では払うことはできないものの、いくらでもアテはあるリュージだ。


「いやいや、オレは受けた仕事は全うするぞ。こう見えてオレは義理堅い性格なんでな」


「義理堅いってんなら、そもそも俺のターゲットを護衛なんてしないだろうが!」


「そう言われると辛いものがあるなぁ」

「なら――!」


「まあなんだ、そうカリカリすんなよ? オレたちは剣士だろ? だったらぐだぐだと押し問答をするよりも、こいつで白黒つけようぜ?」


 そう言うと、サイガは肩にのっけていた刀を下ろしてだらりと自然体に構えた。


 その姿は自然体といえども全く隙がない。

 それは常に刃物のような殺意を込めて戦うリュージとは正反対の、無駄を全てこそぎ落とした、夕凪のように穏やかなサイガの戦闘スタイルだった。


 そして一度戦う気になった師匠が聞く耳を持たないことを、弟子として7年を共に過ごしたリュージは誰よりもよく理解していた。


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