第61話 奇襲


 アストレアから、カイルロッド皇子のお忍び旅行の情報を入手した2週間後。


 事前に北部街道の入念な下見を終えて襲撃場所を定めたリュージは、襲撃ポイントの街道沿いにある大きな木に登って、その身を隠していた。

 ここで神聖ロマイナ帝国第十三皇子カイルロッドの馬車が通りかかるのを待ち伏せるのだ。


 既に先んじて、小高い丘の上から馬車と護衛の騎兵20名がこちらに向かっているのは確認済みである。

 あとはここを通りがかるのを待つだけだった。


「姉さん、パウロ兄、見ててね。最後の片を付けてくるから」


 リュージは馬車が到着するまでのしばしの間、両手首に巻かれた赤と青のミサンガを、普段のリュージとは似ても似つかぬ優しい眼差しで、静かにじっと見つめていた。


 しかしそれもひと時のことであり。

 視界に映る馬車がかなりの大きさになり始めた頃には、既にリュージの目は視界に入る全てを殺し尽くす、殺意溢れる冷徹な復讐者の目に戻っていた。


 そして馬車と騎兵の一団が、ちょうどリュージのひそむ木の下を通りかかった、その瞬間――!


 リュージは猫のように軽々と大木から飛び降りると、着地と同時に即座に抜刀し、豪華な2頭立ての馬車とその引き馬を繋いでいた長柄ながえを軽々と断ち切った。

 さらに2匹の馬の尻を強く蹴り飛ばす。


 ヒヒーン!!


 驚いた馬はいななきをあげて立ちあがると、一目散に走り逃げ去っていった。


「な、なにをする! ぎゃぁっ!?」

「何者だ貴様! かは――っ!」


 電光石火の刹那の不意打ちに、近くにいた護衛の騎士2名が声をあげて――しかし彼らは剣を抜く間もなく、リュージに瞬時に斬り伏せられた。


「き、奇襲だ!」

「敵襲ーっ! 敵襲ーっ!」

「だめだ、引き馬が逃げて馬車が動かせない! まずは殿下の命をお守りしろ!」

「A隊は俺とともに馬車を中心に密集陣形を組め! B隊は迎撃にあたれ! 敵は一人だ! 囲んで殺せ!」

「B隊了解。敵は1人だ、囲んで殺せ!」


 しかしそこは衰えたとはいえ軍事大国である神聖ロマイナ帝国の、皇子の護衛を任された凄腕の精鋭部隊だった。

 普通なら天地をひっくり返した大混乱に陥るだろうに、隊長の指示によって瞬く間に態勢を立て直すと、冷静に反撃を開始したのだ。


 だがしかし。

 待ちに待った獲物を目前にして、心身ともに力をみなぎらせるリュージは、人が言うところの「強い弱いの次元」を完全に超越していた。


「神明流・皆伝奥義・三ノ型『ツバメ返し』! おおおおっっ――!!」


 まずは向かってきたB隊の護衛騎士たちを、リュージは高速で飛翔する燕すら斬り殺す鋭い連続技でもって、容赦なく返り討ちにして全滅させると。

 さらには馬車をなんとか守ろうと奮戦するA隊の護衛騎士たちも、なんなく斬り殺してのけた。


 その強さは、まさに鬼神のごとし。


 20名いた超精鋭の護衛騎士たちが、全員物言わぬ屍となるのにかかった時間は、ものの5分に満たなかった。


「さてと。静かになったところで、皇子さまのご尊顔を拝ませてもらうとするか」


 既に馬も逃げてしまい、息絶えて倒れ伏す護衛騎士たちの中にポツンと取り残された、ぜいの限りを尽くした絢爛豪華けんらんごうかな馬車の扉を、リュージは蹴り開けようとして――、


「っ!? なに――っ!」


 その瞬間、リュージは異変を察知して瞬時に後ろに飛びのいた。

 その直後だった。


 馬車のドアが内側から吹き飛ぶと、中から刀を持った大男が矢のように鋭く飛び出し、リュージに向かって強烈な突きを放ってきたのは――!


「神明流・皆伝奥義・一ノ型『ダルマ落とし』!」


 リュージは着地して即、体勢を立て直すと、分厚い岩をも易々と斬り砕く横薙ぎの一閃で大男の強烈な突きを打ち返そうとして――、


「ぐぅっ――!?」


 しかし打ち返すことができず――どころか逆に突きの威力に弾き飛ばされたリュージは、地面に派手に転がされてしまった。


 もちろん7年にも渡る血のにじむような修行に耐え、荒事にも慣れたリュージは、こんなことくらいで大きなダメージを受けたりはしない。


 瞬間的に『気』を増幅させて防御力を向上させ、綺麗に受け身もとったリュージは、即座に立ちあがると眼光鋭く敵を見据えながら、刀を構えなおした。


「な――っ」

 しかしその大男の姿をしっかりと確認した瞬間、リュージは言葉を失ってしまった。


 リュージの視線の先にいたのは大柄な男だった。


 もう60歳になろうという老いを隠せない顔つきにも関わらず、若々しさすら感じさせる筋骨隆々の肉体。

 研ぎ澄まされた刃のような鋭いオーラをまとうその男は、緊迫した状況にもかかわらず、刀の背を肩に乗せると、反対の手をあげて笑いながら言った。


「よぉリュージ、久しぶりだな。相変わらず元気そうじゃないか」


「なんで……なんであんたがここに……」


 リュージの口から漏れ出でたのは、ただただ驚きの言葉。

 ポカンと口を開けて、信じられないといった表情を見せる。


 もしアストレアが見れば、


『リュージ様も、そんな寝起きドッキリをされた直後みたいなお顔をされるんですね。ふふふっ、意外です♪』


 などと茶化すことは間違いなし。

 それは人前ではまず見せることがない、あまりに珍しいリュージの顔だった。


 だが、それもそのはずで。


「お前を送り出してから4カ月くらいか? ずいぶんと派手にやっているみたいだな。元気そうで何よりだぜ」


 場違いな明るさと、リュージと同じく『刀』と呼ばれる東方由来の剣を持ち。

 なにより家族のように馴れ馴れしくリュージに話しかける大男は、


「なんで師匠がここに……」


 リュージの剣の師匠であり、人生の師でもあるサイガ=オオトリだったからだ――。

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