第26話 グラスゴー商会会長

「あ、開けてくれ! 頼む、開けてくれ! ヤバイやつに襲われたんだ!」


 ゴロツキのリーダー格の男が大声をあげながらドンドンと門を叩いた。

 叩いているのは大きな通りに面したグラスゴー商会の会長、ハインツ=グラスゴーの大邸宅の裏側にある通用門だ。


 しばらくドンドンやりながらわめいていると 門が開いて男が一人顔を出した。


「バカ者が。こんなところで大声を出すな。それにここには来るなと言ってあっただろう。なぜ来た」


 男は主に汚れ仕事を専門に請け負う、グラスゴー商会の最高幹部の一人だった。


「とりあえず早く中に入れてくれ! 話はそれからだ! でないと俺は殺されちまう!」


「仕事の後に直接来たら足がつく。そんなことも分からんのかこのバカは。今はグラスゴー会長と、今後についての重大な話をしている最中だというのに……まぁいい、ここで騒がれたほうがよほど面倒だ。今日だけは勘弁してやるから、さっさと中に入れ」


「へへっ、助かったよ兄貴」


 ここで騒がれるのはまずいと考えた最高幹部は、ゴロツキリーダーを屋敷の中へ招き入れた。


「それで首尾はどうだったんだ。俺が付けてやった手下どもはどうした?」


 裏門と邸宅の間にある庭を歩きながら、最高幹部はミカワ屋会長サブリナの暗殺が成功したかを問う。


 男は汚れ仕事を請け負う部門の最高幹部。

 今回のミカワ屋襲撃の一件も当然、この男の指示によるものだった。


「それがよ、手下は全員殺されてちまって……失敗した」


「なんだと? 冗談を言ってる場合か。うちの手練れを50人もつけてやったんだぞ。近くにいた衛兵も全て、金を握らせてあった。サルに指揮をとらせても失敗なぞするものか」


「冗談なんか言わねぇよ! いきなりめっぽう強い剣士が襲ってきて、手下どもは一瞬で皆殺しにされたんだ! ありゃ人間じゃねぇ! そう、魔人だよ!」


「いい年して何が魔人だ。あんなものは、子供が読むおとぎ話の中だけの存在だろうが」


「マジでそれぐらいやべえヤツだったんだよ! 剣を一振りするだけでいくつも首が飛んでいくんだ! 考えても見てくれよ!? そんなヤツが相手でないと、こんな簡単な仕事で失敗なんてするもんかよ!」


「くっ。まさか、そんなバカなことが……」


 とても信じられない荒唐無稽こうとうむけいな報告を受けて、最高幹部が絶句する。

 しかしゴロツキリーダーの話を聞く限り、どうやら事実に他ならないと納得するしかなかった。


 得体のしれない恐怖を伴った沈黙が、2人の間を支配した。


 するとそこに、


「えらく騒がしいね。どうしたんだい、何か問題でも起きたのかい?」


 にこやかな笑顔の初老の男がやってきた。


「こ、これはグラスゴー会長。部屋でお待ちになっておられたのかと」


 その声が聞こえた途端に、さっきまでゴロツキリーダーに偉そうにしていた最高幹部が、雷にでも打たれたかのように即座にピンと背筋を伸ばした。


「いやなに、失敗したなどという話が聞こえましたのでね。少し気になったものですから」


「それはその――」


「そ、そうなんだグラスゴー会長! 信じられない程強い剣士がいてよ 俺ら返り討ちにされたんだよ! 俺以外の奴らは皆殺しにされたんだ!」


 釈明の言葉を述べようとした最高幹部の言葉を遮るように、ゴロツキリーダーが大きな声で答える。


 目上の人間に対して話し方のなっていないゴロツキリーダーに、グラスゴー会長はわずかに眉をひそめたものの、


「ふむ、あちらさんも凄腕の用心棒を用意していたというわけですか。真っ当な商売で食っているとうそぶいている割に、昨日の今日でこの手際の良さ。あちらさんもなかなかやってくれますねぇ」


 しかし底辺ゴロツキなんぞに礼節を説くのは、赤子に読み書きを教えるようなもので時間の無駄だと考え、さらりと流しながら少し思案顔をみせた。


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