意識外の穴
執務室に入った自分は、斉藤様から投げかけられた質問に、うれしく思いながらも、同時に困惑の感情を抱いた。
(かの黒のクイーンが人のことを知りたがる?)
何を言っているんだこの人は。そんなもの、パソコンに入っている神奈川兵士のリストから知り放題だろうに……
(いや、待ちなさい天地凛。その考えは早計だ)
よく考えるのだ天地凛。お相手はあの黒のクイーン、斉藤美代様なのだ。まさかパソコンの中にある神奈川兵士リストを忘れているわけがない。おそらく、調べた上で知りたいことがあるのだろう。
それは一体何なのか……そして、それを知ろうとする相手とは……
今、注目の的である田中伸太。そして現在、斉藤様は誰かの情報を得ようとしている。
(……ッ!? ま、まさか……!!)
点と点が線でつながる。もうこれしかない。それしかないぞと、私の中の悪魔が囁く。
い、いや、まだだ。私の勘違いという可能性もある。この結論はあくまで私の独断で考えた結論。斉藤様の言葉を聞かないかぎり、それは正解ではない。
「さ、斉藤様……それを知って一体何を……?」
「え? ええ……その子が少し、気になってね」
その言葉を聞いた瞬間、ビシリと体が固まる。
「なんというか……放って置けないというか……」
疑いだった結論が確信に変わる。
「とにかく……その子を見ていると、今まで感じたことのない不思議な気持ちになるの」
「グフゥ!!」
トドメといわんばかりに放たれたその一言に、私は驚異的なダメージを負った。
「り、凛!?」
急にダメージを受けた私を心配してか、斉藤様は驚くような声を上げる。
「も、問題ありません……それよりも、それは深刻ですね……」
間違いない。斉藤様は、田中伸太に……
(恋をしている!!!!)
間違いない。確信した。
彼を見ていると今まで感じたことのない不思議な気持ちになるとか、放って置けないとか、もうそれは恋ではないか。間違いない。斉藤様は彗星の如く現れたスーパールーキー、田中伸太に恋をしてしまったのだ。
こんなに回りくどく質問していることに関しても、斉藤様が無意識に照れ隠しを発動し、彼の名前を出していないと考えれば、十分に納得できる。
「ねえ、どう思う凛? どうやったら調べられるかしら」
(ゔっ……)
つまり、これは恋の相談。チェス隊の中で1番付き合いの長い者として、これ以上光栄なことは無い。
しかし、私自身、そこまで恋愛事情に詳しいわけではない。むしろ疎い方だと言える。
そんな私のアドバイスなど、恋愛事情に詳しい者からすれば、鼻で笑われてしまう程度のものだろう。
だが、それでも斉藤様は私に頼ってくれたのだ。その想いに応えずして何が黒のルークか。何が何でも有効なアドバイスをしなければならない。
そうして、恋愛の足りない脳をフル回転させ、私が放った一言とは……
「やはり、直接おっしゃった方が、相手に気持ちも伝わるのではないでしょうか」
はい無理です。私の脳では、この程度のことしか言えなかった。
(何たる不覚……!!)
斉藤様もアゴに手を当て、考えるような素振りを取る。おそらくは私の言ったことが至極当たり前すぎて、私を傷つけないように、どんな言い方でそんなことわかってんだよと言おうか悩んでいるのだろう。
「……なるほど、確かに……それは盲点だったわね」
……え?
ところが、斉藤様の口から放たれたのは、全く別の言葉だった。
「ありがとう凛。下がっていいわよ」
「はい。お力になれたのなら幸いです」
よくわからないが、少しでも力になれたのなら御の字だろう。
しかし、なぜあの男のことを好きになったのだろう。
(顔が好みだったとか……?)
いくら考えたところで答えは出ない。答えは斉藤様の胸の中だ。
ただ、あの男が斉藤様にふさわしいかと言われると、それはノーだ。あんなぽっと出のよくわからない男など、斉藤様にはふさわしくない。
(田中……伸太……)
本当に斉藤様にふさわしいかどうか、私が見極めてやる。
私はその思いを胸に、執務室の外の廊下を早歩きで歩いて行った。
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