経験なら
何度も体中を殴られ骨が軋む中、私は足首を掴まれ、ものすごいスピードではるか
ものすごいスピードで落下中もなお、この戦いに勝つために思考を巡らせていた。
(もうこの落下を防ぐ手段はない。落下した時の衝撃で大ダメージを受けることはもうしょうがないわ……なら、今考えるべきは、落下した後ね)
自分でも驚くぐらいに冷静に判断できている。一瞬、落下のダメージで死んでしまわないかと考えたが、今の私の体は身体能力が強化されている。いくら自然落下ではない人の力が加えられた落下とはいえ、何とか耐えられるはず。肝心なのはその後だ。
(すぐに立て直して相手を見る? 馬鹿、あの男のことよ。すぐに攻撃を仕掛けてくるに決まっている)
立て直して相手の方向を確認するまでには2秒かかる。たった2秒と思われるかもしれないが、戦闘において、この数字は十分な時間だ。
(なら……)
行動を決めた瞬間、体中へ伝わる強い衝撃とともに、体中に痛みが大きく広がるのを感じる。どうやらついに地面に激突してしまったようだ。
「うぐっ……」
声にならない叫びとともに、平衡感覚がおかしくなっていく。本当はすぐさま落下地点から離れ、地面に足をつけたい。なのに、衝撃で三半規管が異常を起こし、遊園地にあるコーヒーカップに乗った後のような感覚に陥る。
(予想通り、ダメージに関しては何とかなっているっぽいけど……体が動かなきゃ意味ないわね……)
砂埃で見えないが、今頃あの男は地面に落下した私を追い、追撃を仕掛けようと接近しているはずだ。対して私は動きたくても動けない。
しかし、私にもまだ希望はある。まだあの男の姿は確認できていないし、殺気を感じたりもしていない。目では確認できないが、まだまだ男と私の間には距離があるはず、あの男の攻撃が着弾する前に、体が言うことを聞いてくれるまでに回復しきれば……
(ま、だ……?)
瞬間、現れた右拳。それは既に顔面に着弾する寸前で、まるでマジックのように、つい1秒前まで何もなかったところから急に現れた。
なんということだ。もはや殺気がどうとか気配がどうとかそんなレベルの話ではない。私が気配を察知できないほどのスピードで接近していたのだ。
要するにスピードのごり押し。単純ながら、こんなことをされてしまったら対処の施しようがない。
終わった。今度こそ終わったのだ。
……普通なら。
(まだ……まだ!!)
あいにくだが、私は普通の人間ではない。世界を変えるべく、人の心を忘れた別種族を駆逐するために生まれた真の人間だ。私には、他の誰からも与えられたわけではない、自分で自分に与えた使命がある。それを完遂するまでは死ねないのだ。
確かにあの男は数々の修羅場を経験し、その戦闘の感を磨いてきたのだろう。だがそれは……
「私も同じことなのよ!!」
その思いに応えるかのように、私の意思に関係なく体が動き出す。極限状態でのみ発動する人間の不思議な機能。脳が命令を下す前に体が勝手に動き出す。真の人間のみ与えられた究極の力が、ついに私に宿ったのだ。
私の体は目の前まで迫っていた拳をギリギリで回避し、なんと足での地面への着地を成功させた。
「う……ぐあ」
(負けない……負けない……)
すでにボロボロの体。さっきの落下ダメージで骨も数本は持っていかれている。なのに動く、私の意思に答えて動いてくれるこの体……感動せずにはいられない。思わず瞳から涙が溢れる。
しかし、感動しているのもつかの間、地面に着地した男はすぐさま攻撃を仕掛けてくる。
だが、私に焦りはなかった。当たり前だ。そんな不安などあるわけない。体が私の意思に関係なく、思うがままに最適解を導き出し、動き出すのだから。
(ああ……)
私は向かってくる拳を手のひらで受け流す。そして……
(ありがとう……)
ついにその顔面を、私の拳が捕らえた。
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