胸の高鳴り

「……すごい」


 一瞬だった。


 一瞬にして彼が消え、再び現れた頃には沙月先輩が特殊ガラスを突き破り、倒れていた。


 やっぱりだ。信じたとおり、彼は沙月先輩に勝った。圧倒的な差を見せつけて。


「……そんな、まさか……」


「……驚愕した」


「…………」


「…………」


 他の観客たちはとっくに帰ってしまった。里美と紫音も、その光景に圧倒されつつも、信じたくないといった様子で、ぶつぶつと言葉を口ずさみながら、ふらふらと歩いて帰っていく。結局、観客スペースに残ったのは、私と旋木先輩のみ。


 あの旋木先輩すら、訓練所の方をじっと見て動かない。


 でもそれを不自然とは思わない。ぼう然とするのも納得できるのだ。沙月先輩は言わば旋木先輩のライバルと言える存在だった。それがあんなやられ方を……


(……やっぱり……彼は……)


 かっこいい。そう思わずにいられなかった。もしかしたら彼は、今のキングにすら……


「……帰ろうか、ひより」


「あ……でも、大丈夫なんですか?」


 急に旋木先輩が話しかけてきて、少し驚いてしまう。だが、すぐに気持ちを持ち直し、旋木先輩に大丈夫かと問いかける。


「う、うん。大丈夫……大丈夫だよ……」


 そう答えた旋木先輩は、私に顔を見せないように、足早に観客スペースを離れた。私もそれに続く。



 ……でも、なぜだろう。



 ……チラリと見えた旋木先輩の横顔が、少し赤く見えたのは。









 ――――









 バタリ。自室のドアが後ろで閉まる音が聞こえる。いつもならうるさいと思うその音だが、今の私、旋木天子からすれば、それは小鳥の鳴き声程度の些細なことだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 息が苦しくて喉がつまりそうになる。心臓を直接握られているかのようだ。しかし、その感覚は嫌なものではなく、むしろ心地良い、胸が苦しいのに心は安らぐ。意味のわからない現象に襲われる。


(……どうなってんの、これ)


 名前も知らないあの人、確か田中とか言っていたっけ。


 ……初めてだった。戦ってもいないのに、大きな壁と感じさせられる男は。


(くう〜……!!)


 もう我慢できない。この気持ちを発散させるため、胸の奥に秘めた気持ちを、今ここで解き放つ。



「戦ってみたああぁぁーい!!!!」


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