リハビリ
3日後の朝。俺は家から出て、近くの公園へと足を運んでいた。
「うん……うん、動ける」
治った両腕と右足を動かし、完治したことを確認すると、地面の上をぴょんぴょんと跳躍し体をほぐす。
(それにしても…………)
何故かはわからないが、3日間と言う短い時間で、あそこまでボロボロになった体が治ったと言うのは驚異的だ。
あの時は闘力操作で闘力を全身にまとっていたから、今までと比べてダメージが少なかったとか考えたが、あんだけ骨を折っておいて、ダメージが少ないもクソもない。状況証拠がない以上、この話は迷宮入りだ。
疑問が残ってしまったが、傷が早く治ること自体は悪いことではない。ここはありがたく思うことにしよう。
「よっ……! ほっ……!」
足や腕で構えをとり、空想の敵を考えてイメージトレーニングをする。イメージする相手は、もちろんのこと袖女。神奈川で訓練をした時と同じだ。
少しばかり取っ組み合いをした後、少し距離を置き、互いに静止する。
「…………」
イメージ袖女はゆっくりと右手を上げ、正拳突きの姿勢をとる。そこから放たれる強力な遠距離攻撃で、ダメージ量を稼ごうと言う魂胆なのだろう。
…………だが、それが聞くのは少し前の俺だけだ。
今は違う。俺はあのバカでかい虎と殺し合った事により、闘力操作の闘力の総量をさらに増やしたのだ。
そして、量が増えれば…………
「むぅん!!!」
(こういうこともできる)
俺は一気に体に眠る闘力を放出する。溢れ出る闘力は、はっきりと肉眼で白く捉えられるほど濃く強くなっている。闘力が多くなっていると言う事は、一度に使える量も多くなっていると言う事だ。
(つまり……)
そのありあまる闘力を使い、イメージ袖女の拳が振り出される前に、即座に目の前に移動し……
イメージ袖女の腹を、右拳で突き破った。
「…………」
なんと呆気ない。イメージとは言え、あそこまで苦戦した袖女をそこらの虫のように圧倒した。
自分自身でも成長は実感できていたが、まさかここまでとは。闘力が今まで以上に膨れ上がっている。誇張表現かもしれないが、常に意識していないとあふれ出してしまいそうだ。
「…………っと、とっととおさらばしないとな」
スキルは原則使用禁止だ。神奈川の時は施設があったので良かったが、大阪には見たところないため、実質特訓できるところはどこにもない。
今日は朝で人通りが少なく、人目がないから良かったが、スキルを堂々と使って音を立ててしまった。もうそろそろ退却したほうがいいだろう。
それに、明日が肝心の取引日だ。その前に警察に捕まっては本末転倒。
今日は何もせず、家でゆっくりとくつろぐとしよう。
「…………あ、そういえば…………」
――――
「はぁ……」
パート中、私は大阪に来て、何回目かと思うため息をつく。
大変だった。本当に大変だった。神奈川では看病まがいのことも勉強させられていたが、勉強するのと実際にするとのでは全く訳が違う。看病する相手が複雑な関係だと尚のことだ。
包帯の取り替えやらなんやらと……これからはもっと看護師に敬意を表すことにしよう。
「あの〜! 浅間さん?」
「はい?」
そんなことを思っていると、前にも紹介した1番喋りかけてくる子から言葉がかけられる。
疲れているとは言え、あの時ほどしんどいわけではない。
あの時のように遅れて反応せず、しっかりと反応できた。あの時みたいに心配される事は無いだろう。
「いや……3日間休んでたから、大丈夫かなって思っちゃって……」
「ああ……」
前言撤回。めちゃくちゃ心配されていた。
よく考えればそれはそうだ。私は彼の看病のために、3日間もの間休みをもらっていた。彼の存在がバレるとまずいため、連絡では私が風邪にかかったと言うふうにしていた。
ゆえにこういう風に心配されているわけだが……
(全っ然、大丈夫なんですよね…………)
私はとても健康体だ。なんたって全部嘘なんだから。
心配されるところを見ると、なんだか申し訳なくなってくる。
「……はぁ」
私は、3日前とはまた違ったしんどさを抱きながら、パートをこなす事になった。
――――
昼の12時。やっと私は家に帰ってきた。
……いや、正確に言うと彼の家なのだが。
「はぁ……疲れた……」
なかなかにハードだった。チェス隊として神奈川にいた頃は、周りにもっと有名な人がいたため、そこまで近くで見られる事はなかったのだが……誰かから視線を送られながら仕事をこなすのがここまで大変だったとは。大阪では初めて知ることが多い。最近はほとんど毎日のように誰かしらに感謝しているような気がする。
「……おーい」
「はいはい……」
姿かたちは見えないが、どこからともなく彼の声が聞こえてくる。
そうだ……まだ彼の看病が残っていた。
仕事場でも仕事、家でも仕事。正直参りそうになるが、こちらは居候している身。文句を言うわけにはいかない。
重い腰を上げ、廊下からリビングに移動すると……
(……お?)
窓から光が射してくるリビングで、両足で地面をしっかりと掴み、床に立つ彼の姿があった。
「……治った」
「……よかったですね」
あまりにも簡素なセリフ。あまりにも当たり前な報告。リビングに来た私にかけられた言葉は、その一言のみであった。
「…………」
正直、感謝の言葉の一言ぐらいあってもいいんじゃないかと思ったが、彼の事だ。そんなもの必要ないとでも思っているのだろう。今更そんなこと程度で怒る私ではない。
それに、怪我が治ったのならば、こちらとしてはありがたい。家で仕事しなくてもいいのならば、後は家事をするだけだ。こちらとしてはプラス。何の問題もない。
そんなふうに自分の中で結論付け、荷物を置いて家事に取り掛かろうとした時。
「……なぁ」
「なんですか…………」
「…………」
私がそう返すと、急に彼は押し黙る。こちらは早く家事を終わらせて、休みに入りたいのだ。言うことがあるならはっきりと言って欲しい。
「……服屋行くか」
「ええ……」
まさかのお誘いだった。
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