虎 その3

が、ああ……」


 この世にこんなものが存在するのかと思うほどの強烈な痛み。そのあまりにも強い激痛は、俺に絶叫を上げさせず、逆に声を上げさせない。


「ぐ、ぐぐぅ……」


 俺はその痛みをこらえながら、喰われたであろう右足を手で持ち上げてチェックする。


「……っ!!! こんな……!?」


 俺の目に映ったのは、変な方向に曲がった俺の足、曲がる事がありえない弁慶の泣き所の部分が折れ曲がっていた。俺の右足だけ関節が2つになった瞬間である。


 実際に喰われてはいない。喰われたような痛みと言うことだ。


(このままじゃ……!!)


 この足の骨折が意味するのは、ただ激痛を伴うものではない。あともう一つ、戦闘するにおいてそれがなくては戦えないものを失ってしまった。


 それは……"立ち上がる"ことだ。


 弁慶の泣きどころの部分がポッキリ折れてしまったことにより、立つ事はもう不可能。片足だけでなら、まがいなりにも立つことはできるが……移動がままならない。

 移動ができない以上、それは立っていないのと同じだ。


 しかし……これによって、俺に現実が突きつけられた。



 俺はもう……戦う事ができない。



 足をやられた以上、もはや勝つ事は困難。それ以前に戦うことも難しいだろう。


「ぐ……」


 だが、だがだがだが。俺にもまだ希望は残されている。


 あの設計図だ。あの設計図さえ盗んで離脱してしまえば、実質こちらの勝ち。


「どこだ……」


 そのためにはまず、肝心の設計図を持った男を探さなくてはならない。と、言うことで、周りをチェックし、設計図を持った男を探す。


(頼む……まだ周りにいてくれ……!!)


 ここで発見できなければ、俺が立てた設計図を盗んで離脱するプランが意味のないものになってしまう。


 わらにもすがる思いで、左右に顔を動かし周りを確認する。



 …………が。



「……まじ?」


 いない。どこまでいっても瓦礫が大量に積まれているだけ。


 今この瞬間、俺にとっての"勝利"はきれいに消え失せた。


「……っ」


 久しぶりの負けの感覚。こんな負けの感覚は、東京と神奈川の境目で袖女と戦った時以来だ。


 しかし、俺は死ぬわけにはいかない。昔の俺なら、このまま簡単に死んでいたが、今は違う。俺には明確な目標があり、信念がある。こんなところでくたばるわけにはいかないのだ。


 つまり、今の俺は逃げる立場。今だけは勝つためではなく、馬鹿みたいにでかい虎から逃げるための策を考えなくてはならない。


(反射で飛んで逃げるか? ……いや、俺を吹っ飛ばしたあの瞬間移動……あんなのを使われたら……いや、虎程度の知能ならば、そのまま逃げ切れるか……? いや……ん? 待てよ?)


 逃げる策を考える中、1つの疑問点を見つける。


(なんで……虎が瞬間移動するんだ?)


 あの時、真後ろに移動した理由がわからない。今までの戦いの中に理不尽なことがありすぎて、あまり気にはしていなかったが、まずなぜ虎が瞬間移動するのか。人間以外の生物がスキルを使う事はありえない。スキルは人間以外には発言せず、人間以外がスキルがないと説明できないような行動をとるのはありえない。


 そもそもの話、まずこの虎が存在すること自体がありえないのだ。よくよく考えてみれば、4メートルの虎なんて見たこともない。それが偶然空中から落下し、偶然俺を殺そうとすることなんて。まず最初の時点で疑うべきだった。


 明らかに人為的。何か人の手が絡んでいるに違いない。


(この虎は間違いなく、誰かの考えによって投入された物だ……だとすると……)


 ……改造?


 この虎は、飼い主の命令に従い俺を殺そうとしている。つまり何者かに飼われている。飼われて手を加えられたからこそ、わざわざ俺の後ろに回ると言う機転の利いた動きができ、スキルじみたものが使用できたのだ。


(つまり……知能差でのラッキー逃れはできないってことか……)


 この虎に……生半可な策は通用しない。




「…………まだだ」




 まだだ。今まで通りだ。今まで通り考えるだけでいい。人と戦っている時のようにすればいいだけ。ただそれだけなのだ。いつもより簡単でいいものが、いつもに戻っただけ。もう一度だ。もう一度1から考えれば……


 瞬間、地面が揺れる。


「何……!?」


 ドン、ドンと、一定のリズムを保ちながら、揺れがどんどん大きくなる。俺はその揺れに反応し、反射的に周りを見渡した。


 そして、その揺れの元凶に気づく。


「動き出したか……!」


 虎が向かって来ている。地面が強く揺れるほどに、足に力を込めながら。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る