1週間後
「…………」
あの後、魂が抜けたように洋室に入っていった袖女を見送り、俺は明日の仕事を探していた。
(……ま、要するに、神奈川の時の負けと俺に殺されそうになった事がトラウマになったって言う事なんだけどな……)
伝わっただろうか……いや、俺が心配する事ではない。落ち込んでいたとしても、普段の袖女の仕事に支障が出なければ、何の問題もない。
俺は確かに、やるなら明るい雰囲気でやってほしいというスタンスをとっているが……別に明るい雰囲気じゃなくても、仕事をやってくれるならば別に構わない。
「まぁ……これのせいでもし、袖女が仕事をやらなくなったら……また考えるか」
今日は早めに任務を切り上げ、ベッドの中に潜り込んだ。
――――
朝。
「んお…………」
リビングの光で目が覚める。目を開けずにもそもそと体を持ち上げる。
鍋で何かを煮込む音、何かを焼く音、何かを切る音が聞こえる。
(早めに起きたらしいな……)
前の音は朝食を作っている音だろう。袖女の朝は早い。昨日の心配は杞憂だったようだ。
目ヤニのこびりついた目を開く。かなり長い時間、目をつむって眠っていたせいか、目ヤニがペリペリと音を立て、剥がれていく。
そこには…………
(おお……!)
エプロン姿の袖女。料理をしている音とともに、まるでドラマのワンシーンかのような光景が目の前に広がる。
朝起きると、女が朝ごはんを作ってくれている。これもまた男の夢の1つだろう。これはなかなか心にくる。
「ん……? ああ、起きましたか」
俺が起きたことに気づいたらしく、目線をこちらに向け、ものめずらしそうな顔で俺を見る。
「ああ……任務が早く決まってな……まぁ、大丈夫か?」
「……? 何がですか?」
「いや、まぁ……昨日……」
昨日、気にすることではないと言ったが、やはり気になってしまう。日常生活に支障をきたしてはいないだろうか。
「……ああ、別に大丈夫ですよ? 自分で聞いたことですし……自分で直しますよ」
「……そうか」
十中八九やせ我慢だろう。だが、そこまで言うのならば、こちらが手を出す事ではない。こちらも気にする事なく、今まで通り過ごさせてもらうとしよう。
朝食は単純にご飯と味噌汁、そしてなぜか袖女だけに鮭がついていた。
「……おい」
「んん〜? どうかしましたか?」
……めちゃめちゃ根に持ってやがった。
――――
1週間後。
俺と袖女の関係は、何かが変わるわけでもなく、何の滞りもなく進められていた。
「ワン!!」
「なっ、なんでぇ〜……」
……あいつらも変わらないままだ。
俺は毎日のように任務をこなし、ブラックは任務についてきて、袖女はパートと家事をこなす。既に俺たちにとっては当たり前の日常が続いていた。
「チッ…………なっかなかミツカンねぇな……」
最近は俺の任務もマンネリ化し、ほとんどが護衛の任務やら何やらの簡単な任務ばかりで、報酬も安く、鍛錬にもならない任務が続いていた。
もともと、この闇サイトは、当たり前だが報酬の多い難しい任務もそこまで多くなく、そこまで難しくない任務や少し難しい任務は競争率が高い。
俺としては、いつか難しい任務には挑戦しなくてはならないと思っていたのだが、いざ難しい任務をやってみようとすると、全く見つからないのが現実だ。
見つかったとしても、何かを奪うだとか、戦うとかそういうものがなく、あったとしても1週間以上使って遠い場所へ荷物を運びに行くだとか、ほとんど盛大な小間使いのようなものだ。
今日もまた、護衛任務を受けようか……任務了承のボタンをクリックしようとしたその時。
『メールが送られてきました』
「……お?」
パソコンに送られてきたメール。そのメールの送り主は……
「きたか……!」
闇サイト"千斬"からのメールだった。遂に来た、来たぞ。
俺ははやる気持ちを抑え、間違えてクリックミスをしないように、慎重に慎重にメールを開いていく。
『ヤクザが大阪政府から奪った品物。"とある兵器の設計図"を奪え! 報酬 200万』
そこには1つの依頼。あの時約束した難しい任務を優先して俺に送ってくれたのだ。
大阪に来てからは嫌な事だらけだった。変な真っ黒い犬を家に入れたり、800万をなくしたり、袖女を家に入れたりで無茶苦茶なことが起きまくっていた。
だが、俺にもついに運が回ってきた。
遂に回ってきたこのチャンス。この素晴らしい機会。それを逃さない手はなかった。
「よし、よし……!」
そのまま了承のメールを送り、ルンルン気分で返信を待つ。久しぶりの感情の高ぶりだ。どんなところに行っても、我慢強く待てばいいことがある。それを実感した瞬間だ。
「どうしたんですか? 上機嫌に見えますけど」
キッチンで洗い物をしていた袖女から、言葉が放たれる。
「ああ! 久しぶりに報酬の多い任務が入ってな……これでだいぶ生活が楽になりそうだ!」
「おおー! じゃ、新しいゲームのソフトも買ってくださいよ!」
俺のテンションに合わせ、袖女のテンションも上がり始める。もう報酬をもらった気分のようだ。
かく言う俺も報酬で何を買おうか、頭の中で考えていた。
そして……また時は動き出す。
――――
とある1室。
「様子はどうだ?」
「ああ、順調だよ"ネーリエン"」
そこでは、白衣を着た男2人が大きなフラスコのようなものを囲むように立っており、何かの相談中のようだった。
「順調なのはいい事だが……アレは大丈夫なのか?まだ見つかっていないようだが……」
「心配はないよネーリエン。あんなの1つで何ができると言うんだい?」
「……それもそうだが」
男のうちの1人は、ネーリエンと言うようだ。どうやらもう1人の男が、ネーリエンの相談をしているらしい。ネーリエンは心配そうな、不安そうな表情をしている。
「ハァー……君は本当に心配性だなぁ。問題ないって、こっちにはあの子たちがいるんだから」
「……だが、もう一つ懸念点があるぞ」
「……もう一つの懸念点?」
ネーリエンのその言葉に、もう1人の男はピクリと反応する。
「ブラギが神奈川の匂いを察知した」
「! …………なるほど、侵入者ですか……」
ネーリエンは少し考え込むようなポーズを取るが、そこまで時間をかけることなく、すぐにネーリエンに向き直る。
「ならば、こちらも手を打たざるをえないね」
「油断するなよ? "ベドネ"」
「問題はないよ"ネーリエン"」
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