名前決め

「なんでこんな事しちゃったんだろうな……」


 場所はマンションのとある1室。マンションとしては普通程度の広さであり、ちゃんとキッチンのついた1LDK。風呂とトイレは要望通り別々となっており、首都である大阪も20分程度で着く。個人的にもなかなか良い1室をもらえたと思う。

 既に家具は買い揃え、50万ほど使ってしまったが、それを差し引いても、この立地のマンションをもらえた事は大きいだろう。


 だが、そんな部屋のリビングのソファの上で俺はうなだれていた。


 そんな中、俺をうなだれさせている元凶は……


「キャンキャン!! ワーン!!!!」


 俺の周りをぐるぐると回って遊んでいた。


「こいつ……」


 あの後、俺の気まぐれでこいつを買う事になったのだが、ペットOKのマンションを要望に追加したことにより、1段階値段が跳ね上がってしまった。信じられるか?5.6万ほど普通より高いんだぜ?


 とにもかくにも、飼うと決めてしまったのだ。責任をきっちりとらなくては。


「まずは……名前を決めなくちゃな」


「……?」


 俺がつぶやいたのを聞いていたのか、急に俺の方に向き直り、何言ってんの? と言いたげに首をかしげる。こっちはお前のために悩んでるのに呑気だなと思いつつも、真剣に名前のことを考える。


「体毛が黒いから……クロ? いや安直すぎる。俺の名前から1文字とって、ゴン太とか? ……いや、少し昔すぎるか」


 うーむ、なかなか難しい。生き物の名前をつけると言うのはここまで難しいものだったのか。今なら自分の発見した生物に、自分の名前をつける研究学者の気持ちがわかったような気がする。


 だが、やはりそいつの特徴を利用した名前をつけたいものだ。そのためには、もっと黒犬を近くで見る必要がある。


 と言うわけで、ソファから起き上がり、黒犬を持ち上げる。幸い、重さは見た目通りで、楽に持ち上げることができた。そしてしっかりと観察するが……やっぱり黒い。真っ黒だ。チャームポイントもクソもない。舌と目以外は色の変化が見られない犬だ。


「特徴っつっても……黒い程度しか……ん?」


 その時、首にキラリと光を感じる。たった一瞬だったが、ライトのような人工の光と言うより、光沢感のある光を感じた気がする。


「黒い毛にまみれて見えなかったのか……」


 右手で毛をはらい、首の光の元をチェックすると……


「首輪?」


 そこにあったのは、黒犬の首にきっちりと巻かれている首輪だった。さっきの光沢感のある光は首輪が金属製でできていたかららしい。


(いやちゃんと飼い主いたんかい……)


 これではペットOKなところをわざわざ選んだ意味がない。


(しかし、金属製とは珍しい……というかきつく巻きすぎだろ。明らかに窮屈そうだぞ……少し外してやるか)


 実のところこの首輪。明らかに黒犬の首のサイズに合っていない。ギチギチすぎる。俺が首輪をはずしてやると、やはり苦しかったのか、体をブルブルとふるわせ、どことなくすっきりしたような表情をとる。


「……まぁ、飼い慣らされた犬なら、全然知らん奴についていかないだろうし……このまま飼っても構わんだろ」


 せっかくペットOKなのだ。だったら犬は飼いたいだろう。それに飼い主が現れたら、返せばいいだけの話だ。

 俺は黒犬が膝に乗ったのを確認すると、金属でできた首輪の方に興味を向ける。


「しっかし、相当珍しいなぁ……元の飼い主が相当物好きだったのか? それとももしかして手作り……?」


 金属製の首輪をまじまじと見ると、何か凸凹している部分があることが確認できた。おそらく文字が彫ってある。名前だろうか。手で凸凹の部分を擦り、何が書いてあるのかを特定する。


「……i003? なんだこれ?」


 手で確認すると、"i003"と言う文字が掘ってあるのが確認できた。少なくとも名前ではないだろう。こんな名前をつけるやつは相当倫理観がいかれている。それとも名前を考えすぎた末路だろうか。


「…………もういいや。ブラックにしよう」


 なんか怖くなってきた。でもクロって猫っぽいし、色シリーズで言ったらブラックもあるだろ。犬版クロってことでブラックで。


 なんか俺も言ってることようわからんくなってきた。


 とにかく名前はブラックで決定だ。


「……じゃぁ黒犬。お前の名前は"ブラック"で決定だ。いいな? ブラック」


「ワン!!!」


 わかっているのか分かっていないのかは知らんが、黒犬の名前はブラックで決定した。




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