動く。何か

 一方その頃、ハカセは――――




「よし、着いた……」


 ワシは巨大化したスチールアイに乗り、会議会場の駐車場まで来ていた。

 なぜ、わざわざ敵地に乗り込むのか、それは駐車場に残っている車にあった。


「おったおった……」


 駐車場にある6台のリムジン。これらは神奈川と東京が互いに3台ずつ乗ってきたものであり、同じリムジンと言えど、少し作りが違うものになっている。


「ククク……これじゃこれじゃ……」


 ワシは6台のリムジンの中にある1台に目をつける。それは何故か、それは6台のリムジンの作りの違いにある。6台のリムジンの内、3台は神奈川製、もう3台は東京製である。そして東京は、神奈川ほど車に力を入れていない。ロックも認証するものではなく、昔ながらの鍵のロックだ。


 鍵のロックと言うのは、解錠するとしたら、デジタルなのものよりこういった鍵の方がよっぽど難しい。

 だが、ワシにとっては、鍵を解錠するなど造作もない。そう、ワシは残された逃走経路として、東京派閥のリムジンを頂戴しようと考えたのだ。

 ワシは、残り1つのスチールアイを鍵穴に侵入させ、解錠しようとする。


(……むう……さすがに難しい作りになっておるか……)


 解錠には数分はかかるだろう。


(どうやってバレないようにするかの……)


 会場ではお偉いさんの身の安全のために、待機しているに違いない。会場からは誰1人来ないと思ったほうがいいだろう。ならば、そこら辺の道路で一般人としてやり過ごすのが得策か。


 そう思い、駐車場から出ようとしたその時。


「ちょっと……お話しませんか?」









 ――――









 キャンプ場では、伸太による答え合わせがまだ続いていた。


「それだけじゃない……お前のスキルの弱点はもう一つある」


「ふ……ぐ、あ……」


「それに気づいたのは、俺の横をお前のオーラが通り過ぎて、後ろのコンクリートの壁を破壊した時だ」


「お前のオーラは、"何故か"奥の道路を破壊せず、当たったコンクリートの壁だけを破壊したんだ……どうしてだろうな?」


「…………ふ、ぐ」


「思い出してみれば、ビルを一撃で破壊することができる拳を瓦礫1つで防げたことも、大いに妙だった」


「ぎ……はぁー……ハァー……」


「つまり……お前のオーラは、破壊力はあっても……貫通力がないんだ。手に入れることができれば、より多くの被害を与えることができる……貫通力をな」


「…………!!」


「そこまでバレていると思ってなかったか……」


(まぁ、俺もハカセの言葉がなけりゃ気づいてなかったんだけどな……)


「……だからお前は突破できないんだ。瓦礫であろうと……俺の布でできたジャケットであろうと」


 不憫な話だ。威力を上げる方法は誰しもが知っていること。だが、貫通力を上げるやり方など聞いたこともない。つまり、目の前の袖女は、いくら修行しようと、布1枚越えられないのだ。


「フウッー……フッー……フウッー……」


「もう、喋る事はしゃべったぞ? ……満足はしたろ? ……さぁ、あの世へ行く時間だ」


 そろそろハカセからも連絡が来るだろう。あまりにも時間をかけすぎて生かしてしまうのもアレだ。情報を聞き出せなさそうだし、とっとと殺してしまおう。


 俺は右腕を上げ、手を袖女の首元に置く。1ヵ月の訓練の中、新たな殺し方を発掘していた。


 それは、首に反射を使う殺し方だ。

 当たり前のことだが、首と言うものは頭よりもろい。わざわざ頭に何度も反射を使うよりも、首に反射を使った方が、楽して敵を殺す事ができる。



「ふうっー……が、あ、……ぐう……」


 袖女の涙はまだ止まっていない。首下に力を入れたことにより、また呼吸困難になったようだ。歯を食いしばり、頬も腫れている。


「…………」


 だが、そんなことで揺らぐほど俺の心は澄んでいない。むしろ、今までの境遇の中で、荒みに荒んでいる。男だから女だからと、そんなクソみたいな男女差別は絶対にしない。

置いていた右手を動かし、首をしっかりと握る。


「ふ……ぐ、あ……ま、だ…あ、つら、を……」


「…………」


 俺はギリギリと力を込め、反射を打とうとする。しかし、今から目の前の女の首が飛ぶのだ。自分がやることとは言え、少し緊張してしまう。


(フゥー……ハァー……よし、やるぞ)


 そして、ついに反射を使い、首を吹っ飛ばそうとするその時。



「あ……わ、たし……まだ……」


「い……つ、らを……み、かえ……て、ない……」


「…………」



 袖女は泣きながら、何かにすがるように、息もままならない中で必死に喋っている。


(いつらを……みかえてない……か)


 言葉は断片的だったが、その断片的な言葉からでもどういう意味かは理解できた。


「……お前も」


「ひ、ぎ……が……」


「お前も……大変だったんだろう?」


「もう何も喋るな……そいつらも俺が殺す。それでいいだろう」


 次こそ本当に終わり、強く強く力を込め、反射を発動する。

 




 その時。



 腕を何かが貫いた。









 ――――









「!! 誰だ!」


 ワシは腰から拳銃を取り出し、声が聞こえた方向へ向ける。


「おっとっと……怪しい者じゃないんですけどね」


「オヌシは……!」


 その男は、銃を向けられると両腕を上げ、降参したかのような素振りを取る。


 その男は……東京の人間ならば、知らない人はいない。


 東京の大臣の1人であり、東京をリードする第一人者。







 あの異能大臣だった。



(馬鹿な……なぜここにいる!? ワシは敵に一切姿を見せていない筈じゃ! なのになぜ話しかけられるのか……偶然か……それとも……必然か)


「オヌ……お前ともあろうものが、こんな所で何をしている?」


「ふふふ……わざわざ外用の口調にしなくても大丈夫ですよ? どうやってここに来たかと言えば……まぁ、警備なんてあってないようなものですからね……トイレに行くなり何なりして、ごまかしましたよ」


「……俺に何の用だ」


「あらら、外用の口調のままとは……残念残念」


「なぜ俺に声をかけた!!」


 東京の重役。それもトップクラスの人物が来たと言う事実により、ワシの心はひどく動揺していた。

 このままでは、東京のスキル保持者を呼ばれかねない。とっとと追い返す。または気絶させなければ。


 スチールアイは解錠に使っているため、使用できない。敵が一般人程度の戦力しかないのなら、ワシ1人で対処は可能だ。


 拳銃を片手に向けながら、じわじわと距離を詰める。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!、私が声をかけたのは、あなたに言うことがあるからなんです」


「……言ってみろ」


「ごほん……私、異能大臣は……」







「今この場に限り、あなた方に危害を加えないことを約束します」


「……は?」


 なんだ? 一体何が起こっている? いきなりの発言。しかもあの異能大臣から、あなたの敵にはなりません発表である。警戒しない方が嘘と言うものだ。


「まあ、警戒するなという方が無理がありますね……では、これでどうでしょう」


 そう言うと、異能大臣はワシが解錠していたリムジンに近づき………


 ガチャリ、鍵が開けられた音が鳴り響く。なんと、リムジンの鍵を開けてきた。


「……!」


「これで信じてくれますかね?」


「…………中を調べさせてくれないか」


「どうぞ……お構いなく」


 異能大臣はゆっくりと下がり、ワシは拳銃を向けながらも、鍵の開けられたリムジンに近づき、中をチェックする。


(中に何か仕掛けているとかではなさそうだが………)


 一見、何かが取り付けられていると言うわけでもなさそうだ……どっちにしろ渡りに船、受け取らなければ逃走経路は無い。


「……まぁいい、ありがたく頂戴しよう」


「おお! それはよかった」


 まだだ。まだこの男の目的がわからない。異能大臣からしたら、ワシは赤の他人のはずだ。この事件に関与しているかどうかさえわからないはず。


「それと引き換えにと言ってはなんですが……1つ質問したいことがありまして」


「……なんだ。言ってみろ」


「あなたって……彼の協力者ですよね?」


「……なんのことやら」


 やはり疑われていたようだが、核心には迫っていなかったようだ。ワシが協力者かどうかと言うことも、半信半疑といったところか。


(……しかし)


 まだ分からない状態の人間に、リムジンを渡すのはありえない。分からない状態で物事を実行に移すなど、愚者のやることだ。無論、大臣と言う地位まで上り詰めた人間が、そんなことをするとは思えない。という事はつまり。


(大臣め……ワシが誰かわかっていっておるな……)


 遊んでいるのか、何か理由があるのか。


 しかもこの大臣、ワシに選択肢がない状況で質問している。ワシがリムジンを使って逃げるしかないこの状況。すかさず助けを入れることで、その手を取るしかない状況を作り上げているのだ。


(どうやって乗り切るか……)


 ワシが本当のことを言うまで、大臣は質問を続けることだろう。しかし、もちろん本当のことを言うわけにはいかない。

 どうやって本当っぽい嘘をつくか……考える必要がある。


「ま、本当のことを言わなくていいんですけどね」


(……ん?)


 なぜだ、まるで意味がわからない。絶対的優位の位置に立っていながら、何も対価を求めないなど人間の思考回路からしてもありえない行動である。生死を争うような出来事だと、尚の事だ。大臣の行動理由がわからない。


「でも…………彼の協力者であるのなら、言っておいてください」











「君の憎悪は、もうすぐ"闇"になると……ね」









 ――――









 プルルルルル、電話が鳴り響く。


 音からしてガラケーだろうか。とある男のポケットから鳴り響いた音は、男が電話に出たことにより、まるで怒鳴られた人のように黙ることになる。


「どうも、ご主人。何のようで?」


『何の用で? ではないでしょう……お客様、本当に大丈夫なんですか?』


「大丈夫も何も……ノープログレム! 何の心配もありませんよ。ご主人こそ、しっかりあれはいただけますよね?」


『無論、約束さえ守っていただければ、物事は守りますよ……聞きたかったのはそれだけです。では』


「ええ、ではでは」


 ピッ、と音を立て、電話が切れる。電話相手との会話は済んだようだ。


「さて、と……」


「"形"は手に入れたも同然……"心"はまだ出来上がっていない……問題なのは"力"か……」



「"彼女"を利用するのも考えたが……上層部の人間が黙っちゃいないし、そもそも"彼女"で足りるかどうか……」


「新潟派閥のこともあるし……完成するのはもっと先の話になりますね……」


「まぁ、顔なじみにも出会えた事だし、今日のところはよしとしましょう」





 これから何が起こっていくのか、それは……"今"を生きる人間にしかわからない。







「それにしても……」







「いい掘り出し物が見つかりました……フフッ」







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