第六章 再戦
開戦
俺は黒マスクを剥ぎ取り、ついに素顔をあらわにする。
袖女はどことなく察していた部分があったのか、特に動揺することもなく、地面に向かって仁王立ちしていた。
「驚かないんだなぁ?」
「……まあ、あなたが来るなら会場しかないと思っていましたからね……」
そして袖女は仁王立ちを止め、あのポーズ。あの正拳付きの構えを取る。
「……正直、私は驚いています」
「……ああ? 驚いてないんじゃなかったのか?」
「……違います。私が驚いているのは、私たち神奈川派閥に与えたダメージです」
「ふーん……」
「正直、会場で天子先輩……黒のビショップに狙われた瞬間、もう終わったと思っていましたからね……が、蓋を開けてみれば、町はいたるところで爆発が起き、あなたは逃げ切りウルトロンは奪われ、会場にすら爆発が起きた……」
「…………」
(え? 会場が爆発? ハカセそんなことやってたの?)
驚愕の事実。俺が生き死にの追いかけっこをしている間、ハカセはお偉いさんもたっぷり居るであろう会場を爆撃していたらしい。
……さすがだハカセ! すごいぞハカセ!!
…………何を考えているんだ俺は。
「だから、あなたが起こしたここまでの偉業に敬意を表し……」
その刹那、10メートルほど先にいたはずの袖女の姿が一瞬にして消える。
「一瞬で…………」
そのコンマ数秒。俺の真後ろに袖女が現れる。
すばらしい。その動きはプロの格闘家もその一言しか言葉にできないほどの力量。そしてその体から放たれるであろう不意打ち。
普通、いちど戦った者ならあの構えからはオーラなんちゃらが放たれると思うだろう。だが、その固定観念を利用した見事な不意打ち。その不意打ちはおそらく、急所を狙ったものだろう。
防げるものがいるとは思えない、神業とも思える一撃。それは俺の体の急所に直撃し、戦いと言う戦いをすることなく、ダウンしてしまった……
……はずだった。
「終わらせて……っ!?」
「ふぅ……危ねぇ危ねぇ」
その一撃は右手によるパンチだったようだが……俺の右手によってがっちり捕まり、止める事ができた。
この1日で何回思ったかわからないが、俺は1ヵ月前の俺とは違うのだ。1ヵ月と言う大量の時間を使い、人の動きや戦い方を学び、シュミレーションを重ねに重ねてきた。
(……袖女の動きに関しては特にな……)
「ぐぅ……こんなもの……」
「む……ん……」
「なぁ……こんな……まさか……!?」
袖女は右腕に力を入れ振り解こうとする。
……だが、いくら力を入れようが降り解けない。自分より格下だと思っていた相手に力で圧倒され、今度こそ驚いている様だ。
なぜ、チェス隊である袖女が力を入れても、俺の手を振り解けないのか。
それはお互いの体の位置関係にある。袖女のパンチに対して、俺は上から押し込むように腕を掴んだのだ。わかりやすく言うとリレーのアンダーハンドパスに近い。バトンを渡す方が袖女で、バトンを受け取るのが俺と言う形だ。
力と言うのは、上から力を加えた方が強い力を与えられると言う傾向がある。つまり素の力は袖女の方が上でも、俺が上から力を加えられる位置関係にある以上、俺の力は2倍3倍となり、袖女の力を上回ると言うわけだ。
「ぐお……ぐ」
袖女はまだ俺の手を振り解こうとしているのか、さらに力を入れてくる。だが、いくら力を入れたと言えど、俺の手を振り解けるほどの力を加えられたわけではない。
そして……俺の体が相手の体に触れていれば、どんなアクションを起こせるか……もうお察しだろう。
……そう、反射だ。
「しまっ……!!」
俺は反射を右手に使い、袖女の右腕を地面に激突させる。
当の袖女は反射されてから気づいたようで、1つ遅いリアクションをしていた。
これによって袖女に大きな隙が生まれ、攻撃できるチャンスが訪れる。
さらに、この反射によって生まれるメリットはそれだけではない。右腕を反射し、地面に激突させたと言う事は、それと同時に肩の位置も下に落ちると言うことだ。そして、肩の位置が落ちると言うことは頭の位置も下に落ちると言う事。
……つまり、来るのだ。
袖女の顔面が、俺の腰あたりの高さに。
1番……殴りやすい位置に!!!!
「ふっ……むん!!」
俺は、袖女の顔面が俺の腰あたりに来た瞬間、左腕に拳を作り、袖女の顔面に叩き込む。もちろん反射の力を右手から左手に移すことも忘れない。
鈍い音を立て、袖女は5メートル近く衝撃で後退した。
さすがの袖女も顔面への直撃はこたえたのか、膝をつき、鼻血を流していた。
「……情けない姿だ」
「……っ! お前……!!」
俺の言葉に敏感に反応する袖女。その顔はポーカーフェイスとはかけ離れた怒りを感じる顔だった。
「どうする? このままじゃ勝負にもなんねーぞ?」
俺はどんどん袖女を煽っていく。しっかりと相手にしてやってからの煽り。それは普通に煽る以上に何倍もの効果を発揮する。
「そうだな……何なら、1つお前と約束してやるよ」
「俺は決して……お前の前で膝をつかない」
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