チェス隊

 次の日、俺は早朝からテントを出て、訓練所に向かっていた。黒のジャケットを着ているおかげで体は大丈夫だが、顔や手は肌寒い。


 夏でも朝は寒いもんだなと思った。


 ふと、あたりを見渡す。昨日の昼に比べれば明らかに人数は減っていたが、早朝出勤なのだろうか、スーツを着たサラリーマンがちらほら見受けられた。


 さらに、ビルなどに取り付けられている巨大スクリーンには……


『昨日、お昼ごろに2名の不審者が東京方面から侵入した模様です。

昨日のお昼頃、侵入しようとしている不審者2名を黒のポーンが対処しましたが逃亡。神奈川に逃げ込んだようです』


 ……と言う話が、何故か俺だけ顔写真付きで流されていた。


(俺たちじゃねぇか!! ……しかも顔写真付き……)


 どうやって撮った? あの時、カメラらしきものはなかったはずだ……そういうスキル持ちがいたと思うのが妥当か。


 だが、そんなことよりも信じがたいことがわかった。


(あの袖女が……黒のポーンだと!?)


 黒のポーン。それは、神奈川の序列の中でもかなり上の地位に値するポジションである。

 前も言ったと思うが、神奈川派閥は兵士の教育にかなり力を入れている派閥だ。


 特に兵士制度に力を入れている。


 神奈川派閥では兵士になるには兵士を育成する学園に入ることが必須となる。どんな歳からも試験さえ合格すれば入ることができ、すべての神奈川の兵士はこの学園に入学し己を高め合っている。


 晴れて4年間経って卒業、もしくはスカウトされれば、神奈川兵士の1人になる事ができ、晴れて兵士になることができる。


 東京では、スカウト制度はあるが、最低でも20歳を越えないと兵士にはなれない。


 神奈川は積極的に兵士を増やしていると言うことだ。

 さらに、神奈川にはスキルランク以外の序列制度が存在している。それが、『白のチェス』と『黒のチェス』2つをまとめて『チェス隊』と呼ばれている。




「……おっと」


 こんなところでウロウロしてはいられない。


 せっかく朝に起きたのだから、訓練所に早く行かなければ朝早くに起きた意味がないと言うやつだろう。


 とにもかくにも、顔が知られてしまった以上、こんな派手な仮面をつけていると怪しまれてしまう。どこかで普通のマスクを購入しよう。普通のマスクならば多少は視線もマシになるだろう。


(ハカセへの報告も必要だな……)


 そんな事を考えているとすぐに訓練所に着いた。


 俺は、訓練所のグラウンドに立ち、今日は何をしようかと考える。


 ……よし、昨日は反射の訓練をしたんだから、今日は闘力操作の訓練をしよう。袖女との戦いで、俺の体の中にある闘力は飛躍的に増量した。いまや東一に居た時とは比べ物にならないほど膨れ上がっている。


 俺はまず、体中に闘力を流し込む。


 ……いける。確かに使う闘力は大きいが、昔のように30秒程度で気絶する事はないと確信できる。

 今ならば、1時間半程度まで持続させることが可能だろう。


(これなら……)


 いけるんじゃないか? あの行為が。


 アニメなどによくある手からエネルギー弾を放出するあの現象。あのいかにもな感じのやつ。あれができるのではないか?


 そう思うと一気にテンションが上がっていく。もう夢物語だと思っていた。もうかなわないと思っていた。いかにもな動きができるのだ。


 右手を前に出し、手のひらに闘力を集中させる。

手のひらにだんだんと熱を感じてくる。


 ……いける。いけるぞ!


 その感覚に俺のテンションは一気にハイマックスだ。


(いけっ! 発射ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)



ボンっ



「……はい?」


 俺の手からは、変に生暖かい風が小さく破裂しただけだった。


「…………」


 俺はその後しばらく、手のひらに闘力を集めては発射し、集めてを発射しを繰り返し続けた……


「はぁ〜」


 あのみんなの憧れ、手のひらエネルギー弾ができない事に俺のテンションは一気にだだ下がりだった。


「そうじゃん……考えてみればそうじゃん……」


 考えてみれば、発射した後のエネルギーが集まったまままっすぐ進むなんて事はありえない。その形を保持する力がないと俺のコントロール化から離れた後、四散してしまう。普通に考えれば当然の事だった。


「黒のポーンか……」


 あの袖女ってすごかったんだなぁ……


 神奈川派閥では、兵士の中でランキングがとられており、単純な強さ、スキルの有用さで順位が決められていると言う。

 チェス隊の団員はランキングの上位32人で構成されており、白が奇数順に、黒が偶数順に上からポジションが振り分けられていく。


 1位が白のクイーン、2位が黒のクイーンといった感じだ。


 上から順に、キング、クイーン、ルーク、ビショップ、ナイト、ポーンである。


 この序列が、白と黒の2種類あるので、例えば白のキングと黒のキングだったり、白のクイーン、黒のクイーンがあったりするわけだ。


 神奈川の兵士たちは日夜、この中の1人になろうとしているわけである。

 つまり、あの袖女は黒のポーン。上位32名と言うわけである。

 もちろん、チェス隊団員全てが、ハイパーもしくはマスターレベルの力を有しており、チェス隊以外の兵士も合わせると、ハイパーの数はすべての派閥の中でトップなのだ。


 つまりポーンといえど神奈川派閥と言う巨大派閥の中で上位32名、ハイパーもしくはマスターと言うことである。入っているだけで勝ち組だ。


 ……普通の人ならこの時点で気づいているだろう。あれ? キングは? ……と。


 キングはチェス隊の中で特別な立ち位置にある。


 キングは男しかキングになることができないのだ。


 ……というか、男はキング以外のポジションにつくことができない。つまり男がチェス隊に入ろうとするとキングになるしかないのだ。


 もちろんキングも、白のキング、黒のキングに分かれ、男子1位が白、男子2位が黒になる。


 そのため、神奈川派閥には女性ランキングと男性ランキングの2つに分かれている。


 その理由だが、神奈川派閥では、なぜか男性の数が非常に少ない。そのため、兵士のほとんどは女であり、優秀なスキルを持つ男は希少で大事な存在なのである。


 ……まぁ、肝心のキングは、長年2人の兵士が居座っており、今からキングを取るのはほぼ不可能と言われるレベルなのだが。


 ……なので、神奈川は男にとっては行きたい場所ナンバーワンであり、移住したい男が山ほどいる土地なのだ。


「……おっとっと」


 長く考えすぎたな……時間は有限、この間に少しでも強くなっておかなければならない。




 ………………数時間後




(……まじか)


 ……正直、ここまでとは思わなかった。

 俺のスキル、闘力操作……全く拡張性がない。

 ここまでひどいとは思わなかった。やることといえば肉体強化を体に慣れさせることぐらいだった。





 ……………体作りからしないとな。





 そう思いながら、俺はその日、帰路についた。





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