新たなステージ

 はたから見れば、ただこの袖女と衝突しただけだったのだが、今の行動だけで俺は3つの情報をつかんでいた。


 戦いと言うのは情報戦から始まっている。


 ゲームでどんなボスに挑む時も、事前に弱点を知っておかなければ勝負にならないことと同じで、実践でも同じことが言えるだろう。

だが、俺は事前にこの袖女のことを知らなかった。なので、この戦いの中で弱点を見つけていくしかない。


 3つのうちの1つは、あの袖女が持っている俺の情報量である。

 もし、俺のスキルを知っているとしたら、接近戦なんて100%挑まない。ましてやこの袖女のように遠距離用の攻撃を持っていたら尚の事だ。このことから、おそらくこの袖女を仕向けたであろう東京派閥にも、俺の反射は知られていないと言うことがわかる。さらに、あの袖女の戦闘スタイルだ。あの袖女は、俺と同じ殴ったり蹴ったりする戦闘スタイルだ。だが、俺の中途半端な武術を使った喧嘩戦法と違って、洗練された動きというか、武術の基本のレールに沿った動きをしている。最後に肝心な袖女のスキルだが……正直よくわからない。わかるのは袖女が拳を振った瞬間、見えない何かに攻撃されることだけだ。


 それはあの袖女も同じはず、相手も得意であろう接近戦で俺にまだ分がある。


 俺はもう一度、足に反射を使って袖女に向かっていく。


 これを使うのは2度目だが、やはりジェット機並みのスピードだ。そして右手の拳を前に突き出す。

 袖女もさすがにあの遠距離攻撃をするための構えをとる隙がなかったのか、あの遠距離攻撃をしてこない。

 だが、袖女は両手を前に出し、手を開き俺の拳を受け止めようとする。


「やめといたほうがいいぜ? 腕の骨がぐちゃぐちゃになるぞ!!」


 戦意を失わせるための脅しも兼ねて袖女に警告する。 


「あんまり私を……なめるな!!!!」


 しかし、袖女は両手を使って俺の右腕の拳を受け止めた。拳を止めたことによる空気の破裂音。俺の右腕の拳圧により地面にヒビが入り、空気が切り裂かれる。


 だが……


「なっ……!」


 袖女は確かに両手で受け止めていた。おそらく、今俺が出せるであろう最大火力。それを受けてもなおそこに立っていた。


(しまった!!)


 俺は焦って、掴まれた拳を引き抜こうとする。だが、袖女の万力のような力で掴まれた拳は全くと言っていいほど引き抜けない。


(まずいっ……引き抜けなっ……)


 その時、頭に痛みが走った。袖女による頭突きだ。予想外の攻撃にひるむ体。そこを逃すわけもなく、腹に強い蹴りを入れられる。そこを逃さず、両手でつかんでいた手を離し、腹に拳を叩き込まれる。


「ぐぶぁ!!!」


 雑魚キャラのような声を出し、口から血を出しながら20メートル先ほど奥に吹っ飛ぶ。

 勢いが弱まり、地面に転がって着地する。アドレナリンのせいか痛みはそこまで感じないが、目で見ると殴られた部分が腫れているのがわかった。


「へえ、あれを食らっても死なないんですか……頑丈なんですね」


「……っ!ペラペラ喋ってんじゃねぇ!!」


 とにもかくにも、遠距離では俺に攻撃手段は無い。

 もう、近づくしかない。足に反射を使った最大加速でもう一度近づこうとする。

 だが、その時には既に例の正拳付きの構えをとっていた。


(しまっ……)


「オーラナックル!!」


 俺が気づいた瞬間、拳を前に突出してきた。交わす時間はおろか、体をガードすることもできない。

 そのまま俺は、見えない何かに攻撃を受ける。殴られていると言うより壁のようなものにぶつかる感覚。全身を強打してしまう。それにより、さらに後ろへ吹っ飛び、地面に背中をさらに打ち付けてしまった。


「あがっ……う……ぎ……」


 アドレナリンのおかげで痛みは感じないが、その分、体の疲労と体のダメージで、体が既にガクガクだ。トレーニングしても筋肉がつかない性質だったので、その分、素の肉体の差が出てしまっている。


「はぁ……はぁ……」


「……あと一発、といったところでしょうか」


 そう言うと、あの袖女はもう一度正拳付きの構えを取る。


(……違う、他の奴らとは明らかに……)


 今までの奴らは、強いと言えど明確な勝ち筋があった。だが、この目の前にいる袖女はちがう。

 考えても考えても勝ち筋が見えない。闘力操作はもう使えない、反射との相性も悪い、そもそも接近することすらできない。俺の戦闘の中で、どれか1つは必要だった三すくみ。それがすべて塞がれてしまった。


 嫌でも感じてしまう力の差。


(今の俺には、厳しい相手だ……)


 こうなってしまえば、今の俺にできる事はハカセが逃げることができる時間を稼ぐ位だ。


(でも……)


 もうすでに袖女の拳は、突き出される寸前だった。

 ハカセはうまく神奈川へ逃げられただろうか、時間は稼げただろうか。


 そう思っていると袖女の拳が俺に突き出される。


(くそ……もう終わりかよ……あの時誓ったって言うのに!!)


 ただの男子高校生の決意と言うのはこうも脆いものなのか。




 ………………





 そう思ったその時、目の前に見覚えのあるものが割り込んできた。


(こいつは……)


 3メートルほどの大きさの鉄球、それは俺の目の前で俺を守っていた。



(スチールアイ!?)


 スチールアイは、見えない何かに攻撃を食らい、見るも無残にこなごなになった。


「伸太!!」


「ハカセ……」


 ハカセは俺が認知したのを確認すると、大声で叫ぶ。


「弱点のない生き物など存在しない!!!!」


「……っ!」


「考えろ! 観察しろ! 思いだせ!! あの女も気づいていない弱点が必ずあるはずじゃ!! スキルに、人間に、完璧な物などない!!」


 ハカセの言葉が耳に突き刺さる。


(考えて……観察して……思い出す……?)


 考える。袖女の拳を突き出す攻撃は、拳を突き出してから当たるまでにタイムラグがほとんど存在しない。

 つまり、拳を突き出すことで、見えない何かが拳から高速で射出されているものと思われる。


 観察する。周りは、整備された地面のコンクリートが散乱し所々が割れている。


 思い出す。袖女に車を破壊され、反射が通用せず、遠距離で強力な攻撃を叩き込まれ、無傷だったのは、スチールアイで守られた1度のみ……


 拳から射出……地面のコンクリート……スチールアイ……反射……


「……っ! そういうことか!!」


 わかった。理解できた。ハカセはひっそりとこの場を切り抜けるヒントを出していてくれたのだ。


「……どうやら、何か思いついたようですね」


「ああ、ありがたいことにな……」


 体に無理をさせず、ゆっくりと立ち上がる。体の疲労的に次が最後のアタックだろう。


 だが……


(これで燃えない男はいねぇ!!)


 ここでやらなければ意味がない。あの袖女に魅せてやるのだ。


 俺は、ゆっくりとダッシュする体制をとる。


「んじゃぁ……行くかぁ!!!!」


 反射を使い、本日3回目の最高速度を出す。袖女はすでに正拳付きの構えをしており、もう拳を突き出す寸前だった。


「これでっ……終わりです!!!!」


 ついに拳が突き出される。


「オーラっ……ナックル!!」


 その瞬間、俺は地面にあった割れたコンクリートに手を伸ばす。コンクリートの下に手を入れて反射を使い、コンクリートを上に押し上げて壁を作った。

 もちろんコンクリートの壁は、袖女が放った攻撃によって破壊される。だが、肝心の俺は……


 無傷で突破できる!!


「……なっ!!」


 さらに、正拳付きの構えを取ったことによって、袖女の体はスキだらけだ。ここぞとばかりに、グッと右手に力を入れる。


「くらえよ!!」


 右腕を袖女の頭に叩き込む。これによりのけぞる袖女だったが、すぐに体を起こし、右腕に拳を作ってきた。


(ノーダメージかよ!?)


 袖女のタフネスに驚くが、今の俺のなすべき事は袖女を倒すべきことじゃない。今やるべき事は……


「あばよ!!」


「……これは!」


 俺は、左腕を振ると煙幕のようなものをばらまく。

 これはコンクリートを砕いた煙幕で、左手でつかめるサイズのコンクリートをつかみ、反射を何度も何度もかけることによって、その攻撃でつかんでいるコンクリートを砕き、粉々にして作ったものだ。


「邪魔な!!」


 だが、煙幕程度の物がスキル持ちに通用するわけがない。一瞬にして煙幕を消し去られる。


(その一瞬さえあれば充分だ!!)


 俺はその一瞬で、足に反射を使って跳躍する。


 その先にいるのは……もちろんハカセだ。


「遅いぞ!」


「悪い。手間取った」


 ハカセは俺の腕をがっちり掴み、スチールアイの上へ乗せてくれた。


 だが、ここであの袖女は終わったりしなかった。


「逃すと思っているんですか?」


 俺の真後ろから聞こえる声。なんと袖女は、俺の跳躍に反応しジャンプして追いかけてきた。


「ここなら逃げ場はありません。もう終わりです」


 だが…………


「なら……追いつけるか? ジェット機を超える速度に!!」


 俺のその言葉に感づいたのか、はっとした表情になる。


「待ちなさ「反射!!」」


 俺は右腕でハカセをつかんだ状態で反射を使う。スチールアイを踏み台にすることで、横に吹っ飛んでいった。


「あ〜ばよーー!」


 ものすごいスピードで小さくなっていく袖女の姿を尻目に、俺はゆっくりと視線を下に落とす。


 そこで見た光景は、東京では見れない神奈川ならではのものだった。隊服を着た女性が歩きまわり、機械によって店の販売が行われ、見たこともないような建物が並んでいる。日本で最先端の派閥。


「おい……見てみい……」


 この日本で最も発展した派閥。


「ここが……神奈川派閥か……」


 新しいステージの始まりだ。







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