第一章 新色

暗闇の世界

 ……暗い。何も見えない。暗闇の世界。


 沼に引きずり込まれるかのような、それでいて優しい様な、もう諦めてしまいたくなるほどの、心地良い暗闇。


(……もう……良いかな……)


 その瞬間、走馬灯のように思い出される記憶。

 いろんな風景、写真、そして。


(…………)


 見知った顔……笑った顔、にやける顔、嘲笑う顔、見下した顔。


(そうだ……)


(まだ……見てない)


 俺がこいつらの1番みたい顔。それをまだ見ていなかったことを思い出す。

 まだ死ねない。まだ諦め切れない。


 ……その時。


 暗闇の世界に光が灯る。決して純白ではない、濁りに濁った光。


 それがどんどん大きくなって


 暗闇の世界を暗く照らした。









 ――――









「……ん」


 目が覚める。ここはどこだ。目やにがすごくて目が開けられない。


 わかるのは、ここは病院では無い事と先ほどからピチョンピチョンと一定のリズムで鳴り続ける水滴の音のみ。


(……ここは)


 必死に考えていると、横からトコトコと足音がする。


 ここがどこかわからない以上、何をされるか分からない。力が入らない体に激を入れて身構える。

 そんな俺のことなんて露知らず、足音の主は現れる。


「おお、起きておったか。」


 ……? 誰だ? まるでわからない。俺の知り合いにこんなお年寄りのような口調の人間は存在しない。


(それなりのリスクはあるが……仕方ないか)


 俺は意を決して話しかけてみる。


「……誰だ?」


「おいおい、そんなに身構えることもあるまい、楽にしとって良いぞ? さぁ、この水でその目についたゴミをとって見てみろ。」


 目の前の男は、そう言ってバケツのようなものを取り出し、俺の目の前に置いたようだ。


 ……今はそれしかないか。そう思い俺は初めて毛布の外に出る。まず床に手を触れていく。これは……段ボール? そんなものを床にしているのか? 疑問がさらに膨らむが、とにもかくにも俺はバケツのようなものの中身をチェックする。触ったところいたって普通の水のようだ。


 ピチャピチャと音を立て、目やにを取り除く、そこで初めて目が開き見たものは……


「おっ、見えるようになったか?」


 ……あのペストマスクだった。









 ――――









 俺はすぐに立ち上がろうとする。ここで逃げなくては何をされるかわかったもんではない。


「おいおい、そんなに早く立ち上がってしもうたら……「ウッ……」……ほら言わんこっちゃない」


 激痛が走る。先の戦いの傷がかなり痛んでいるのだろう。


「だから身構えるなと言っておろう。安心せい、お前に危害を加えるつもりはない」


 そんなことを言われても納得できるわけがない。だがこのコンディションの悪さはそれ以外の行動をしても期待した事はできないだろう。

 ここは、言葉を信じるしかなさそうだ。


「……なぁ、あんた、ここはどこなんだ?」


「ここはワシの……まぁ本拠地ってやつじゃ。そして場所は……聞いて驚くな? ……下水道じゃ」


 下水道。そう聞いた瞬間、強く体がこわばるのを感じた。

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