誘い

ドクン、ドクン、ドクン


 曲がり角に隠れながら息を殺し続ける……


「あんがとね、これでまた生活できますよ」


「いえいえ、報酬ですからね……」


 役人風の男の周りには、4人の黒服がついている。おそらく護衛だろう。少なくとも護衛を持つことができる役職の人間と言うことだ。

 ペストマスクが役人風の男から札束の入ったスーツケースをうけとる。おそらく数千万単位はあるだろう。


ドクン、ドクン、ドクン………


(ああ……うるさいなぁ……静かにしてくれよ……)


 自分の心臓の音にイライラしながらも俺はどうするか考える。


(落ち着け……考えろ……隠れろ……隠れろ……まずはゆっくり元いた道を戻って……)


 ……どうするんだ?


 いま家に戻って何をすると言うんだ? 何にもない一人暮らしのマンション、両親と妹はいるが絶縁状態、東一の退学の運命は決まってしまっている。


ならば


(……やるか?)


 もはや人生死んだようなものだ。ならば最後ぐらい東京兵士らしく、生まれた場所のために己の身を捧げると言うのも良いのではないか。


(やる……やってやる!!)


(それに……あの黒服たちはたぶん……)


 そうと決まれば準備をして作戦を立てなければならない。


(俺の手元にあるのは、散歩のためのCDプレイヤーにイヤホン、飲みかけのペットボトル……)


よし……これなら……


 準備をすること1分弱、準備は完了した。

 ちょうどあの2人の会話も終わるところだった。



いけ……いけ……いけ!



 あの2人に向かって……俺の最後の"魅せ場"が始まった。









 ――――









 ペストマスク視点


(クククッッ……簡単なものじゃのう……)


 この役人は最近入ってきた若手の情報を求めてワシに依頼してきたのだ。その若手はプレゼンで大成功をひき起こし大躍進を遂げていた。将来は目の前にいるこの男よりも出世したであろう。

 ワシがこの男に渡した写真はその若手が二股していることを決定付ける写真である。


 十中八九その若手を早めに引きずり降ろしたいんだろう。


 最近は裏社会も衰退し情報屋の需要も下がってきた。こんな戦争のご時世だから仕方がないのだが、そんな時にこんなおいしい依頼が舞い込んできたのだ。ワシにとってこれは渡りに船だった。


 ワシにとって国家公務員でもない役人の情報なんていくらでも入手できる。


 ワシは頭上においた目からニヤニヤした男の顔を見る。


 ……なんともふてぶてしい顔だ。


 ワシのスキルは"最初から持っていた能力"ではない。"とある特別な方法"により、手に入れたものだ。



 ……おっと、無駄話が過ぎたようだ……ともかく何年か暮らせる分の金は手にすることができた。



(さて……これからは少しはましなものが食べれそうじゃな)


 そう思いながらこの男との話を適当に切って帰ろうとした瞬間。



 右側の通路から走りだしてくる白いナニカ、それは風をまといながら……突っ込んできた。









 ――――









伸太視点


「な、なんだ! おい黒服! 僕を守れ!」


 右側の通路から走りだしてきた俺は闘力を足にまといながら走り込む。いくら効率が悪い闘力であろうと夜で急に飛び出すことによって相手からすれば上に来ている白のジャケットで白い何かが向かってきているとしかわからないだろう。


 そして、やはりといったところか俺と2人の直線上に1人の黒服が入ってくる。


 俺は黒服が構えた瞬間、事前に持っていた蓋の開いた状態の飲みかけのペットボトルを投げつけた。

 黒服は少し驚いたのか、一瞬隙ができた。そこを見逃さず闘力の貯めた右腕で画面を殴りつける。

 その一撃で力尽きたのかその場で倒れて伸びてしまった。


「グハッ!」


「なっ……!」


「あいつ……!」


 やはりか、この瞬間、俺は自分の考えたこの黒服たちの2つの仮説に確信を持った。


 1つは、この黒服たちが戦闘慣れしていないことだ。


 仲間の1人がやられた程度でここまで動揺するのは、戦闘慣れしているやつであれば考えられない。

 それにもし戦闘慣れしていて動揺するのであれば、ハイパーレベルの仲間がやられた時位だろう。

 俺なんかの一撃で伸びてしまったこいつは間違いなくハイパーではない。おそらく、スーパーの体から何かを飛ばすタイプのスキル持ちだったのだろう。


「死ね!」


 俺の右に移動した黒服が右腕の筋肉を膨張させ、異様な形になった右腕で殴りかかってくる。


(だが……)


 あまりにも振りかぶるのが遅すぎる。


 さらに、動きも単調だ。回避された後の展開を考えていない全体重を乗せた大きな拳、俺はそれをクルンと一回転してかわした後無防備になった背中に肘打ちをたたきこみ、地面に肘で押さえ込む。


「ガハッ!!」


 2つ目は、この黒服たちは間違いなく酒に酔っている事だ。


 最初にそう思ったのは、この男たちを発見した時だ。


 普通のボディーガードなら、護衛対象が両脇に女性を歩かせるなんて事、普通は許さない。こんな深夜の路地裏なら尚の事だ。

 ならばなぜ護衛対象の両脇に女性を侍らせることを許したのか、考えられるのは黒服たちの思考が鈍っているとしか考えられなかった。そして殴った時に感じた酒の臭い、間違いなく全員が酔っていた。


(これは俺にとって、嬉しい展開だぜ……!)


 俺は闘力を左腕にこめてそのまま地面に押さえ込んでいる黒服の頭をつかみ持ち上げてまた地面に叩き込む。

 地面は凄まじい重低音を響かせ黒服は意識を失ってしまったようだ。


「あと二人……!」


 俺はニヤリと口元を綻ばせ言葉を発する。


「なめるな!」


「叩き潰してやるぜ!」


 1人の黒服の筋肉が膨張し、もう1人の黒服は手が変形し刃物になった。

 だが、遠距離がいないのなら十分やり用はある。

 俺はすぐさま2人の黒服に駆け出していく。2人の黒服も近距離戦で負けないと判断したのか一直線に向かってくる。


 その瞬間、俺はCDプレイヤーを2人の目の前に投げつける。


(……よし!)


 予想通り警戒して一瞬ひるんだ。なぜここまで目の前に投げ物をすることが有効かと言うと、それはこの場のコンディションにある。

 深夜で電灯もない路地裏では、速く動くものが見えづらい。それにより投げられたものがわからず一瞬警戒して止まってしまうのだ。


(勝った!!)


 俺はすぐさま両腕に全ての闘力エネルギー(気絶しないギリギリの)を集めようとした。


 ……その瞬間。


バキッ!!


 世界が揺れる。なんだ、一体、何が起こったのだ。何もわからない。


 唯一わかるのは俺の周りには黒服以外何もなかったのに、横から顔の頬を何かが直撃したことだけ。

 俺は一気に横に倒れこむ。


(がっ……あ……)


 立ち上がれない。倒れた時、かなり強く頭を打ったようだ。


(まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい)


 このまま攻撃されれば最悪の展開だ。それだけは避けなくてはならない。

 立ち上がろうとしたその瞬間――――




 最悪の展開が来た。




「がああああああああああああああ!!!」




 背中を駆け巡る激痛。脇腹を突き抜ける異物感。おそらく背中を殴られ、脇腹を刺されたのだろう。

 口から出てくる血と、脇腹から出てくる血、これを見て正気を保てるものもそうはいないだろう。


「ヒッ……」


 俺の中で忘れていた……否、忘れようとしていたものが心の中で急に浮き上がる。


 ……それは





 恐怖。





「ハハッ……ハハハ!! びびらせやがって! いいぞお前たち! そのまま止めを刺すんだ。なあに、死体の1人や2人いくらでもごまかせるさ。さぁ! 殺してしまえ!」


「……」


 役人風の男は少し取り乱しながら声を上げて言い、ペストマスクは無言を貫きどこも見ていない様だった。


 こうしている間にも、俺には"死"と言う文字が形になって詰め寄ってくる。


「…‥て」


 もう2人の黒服は目の前に来た。後はその拳と刃を振り下ろすだけ。


「…‥めて」


 ……時が来た。刃と拳が振り落とされる。もう目と鼻の先だった。


 ……その時。


 頭の中を駆け巡るバチバチとした感覚。急激に覚醒する脳、瞳孔までくっきりと開く目。そして恐怖からか俺は大声で叫んでいた。





「ヤメロォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」





 ……反射、反転。





 …………とでも言うのだろうか。ものすごい勢いで吹き飛んで行く2人の黒服。そのまま路地裏の壁を砕くほどの勢いで叩き付けられる。吹っ飛ばされた後の黒服2人の周りには黒服のものと思われる血がどくどくと流れ出ていた。


「……え?」


「……は?」


「…………!」


 1番最初に反応したのは役人風の男だった。ありえないと言う顔をしている。

 その次に俺。まるで意味がわからない。気がつけば黒服2人が倒れ血を流していた。

 最後にペストマスク。声には出ないが、ありえないと言うよりは驚愕、驚き、そういった風な感じを出していた。


「ばかな……バカな!!」


「……ッ!」


「ヒィィー!」


 もうここまできたら止まれない。一気に残った2人の下に

走り残っていたギリギリの闘力を右腕に全投入する。


「オオオオオオオオオッ!!」


「ひでらぶっ!!!」


 役人風の男の顔面に俺の拳が炸裂する。役人風の男は情けない声を出して後にごろごろと転がった。


「あとはっ……!」


 残りはペストマスクだけ。倒れこみそうな体を根性だけで起こして殴り掛かろうとする。


「……ほう」


 俺は急ブレーキをかけ、顔を後ろに倒す。

 

 ……だが


 まただ、また何かが直撃する。今度は顔ではなく脇腹に鈍痛が走りだし……


(……く……そ……)


 俺は力尽きる。後ろに倒れこむ。まぶたがゆっくりと閉ざされる。


 またか、また負けたのか。


 もはや痛みを感じず、ゆっくりと意識を落とそうとした瞬間……


「面白いのぉ〜オヌシ」


 …………声が聞こえた。









 ――――









 ワシは倒れたこの青年を見下ろす。


(まさか、"1つしか対応しきれなかった"様だがワシのスキルに初見で対応するとは……)


 ペストマスクにとって自分のスキルというのは初見では絶対に対応しきれないと断言できる。そのレベルのものだった。

 ……だが、目の前の青年は自分のスキルの動きにわずかながらに対応した。そして黒服たちを吹き飛ばしたあの現象。


(……どうやら、いい掘り出し物を見つけたようじゃな)


 ペストマスクはその仮面の中でニヤリと笑った。

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