折れる

ザザァ――――


 砂が落ちる、落ちる、落ちる。


 …………まさかここまで来るとはな。


 下駄箱を開けた瞬間に出てくる大量の砂。


 おそらく思わず褒めたくなるほどパンパンに詰め込まれていたのだろう。


 この日からいじめが始まった。移動教室から帰ってきたらシミだらけの体操服、水浸しの机、ときには大便中に上から砂や水をかけられたこともあった。


 ……だがまだ耐えられる。この程度で止めてはいけないほどに東一卒と言う肩書は大きく、今後のあらゆる就職先において有利に立てるほどである。

 つまり卒業さえすれば、兵士以外の道が選べると言うことだ。



 卒業さえ、卒業さえ、卒業さえ――――



 耐えられる、耐えられる、耐えられる、タエラレ――








 ……次の日、俺が教室に行くと、そこにはびちゃびちゃになり、上に花瓶が置かれた俺の机があった。


「…………」


 周りのクラスメイトは、顔をニヤつかせながら俺の反応を見ている。上に花瓶が置いてあることの意味はわからないが、いい意味ではないと言うのは確かだ。いい意味だったら周りのクラスメイトが俺に向かって行う意味がない。


「おやおや! 君の机、とんでもない目に合わされているじゃないか! この前水浸しにあったばっかりなのに、そこにさらに花瓶が置かれるなんて! 縁起悪いったらないねこりゃ!!」


 三山がニヤニヤしながら俺に話しかけてくる。その態度からも、三山が主犯であることが明確だった。


「……そこまで俺が妬ましいか?」


「…………あ? 何か言ったか? おい」


 俺がぼそっとつぶやくと、三山は別人のような口調で俺に問いかけてくる。そこからは、少しの不気味さと恐怖を感じた。


「……何でも」


 そう言いながら、花瓶が置かれた自分の机に近づき、掃除を始める。


 後ろで聞こえるクスクスと言う笑い声と、舌打ちの音を聞きながら。



 家に帰って確認すると、机の上に花瓶が置かれるのは、その人が亡くなった時らしい。つまり、間接的に死ねと言われていたわけである。





 ……そのことに、俺はまた気を落とした。





 そして、そのようないじめがずっと続いた。





 数日後。





 そして、ついに耐えられなくなる時が来た。


「は……………?」


 6月の後半、砂を入れられた日から1ヵ月経った。暑くなってきて半袖を着用していた俺は朝、教室を見てみれば………


 そこには、俺の片足が折れた椅子とボコボコになった机が教室の隅っこに置かれていた。

 周りを見る。そこにはニヤニヤした表情で俺を見るクラスメイトと醜悪な笑みを浮かべる……三山の姿があった。


「…………」


 今までも様々ないじめがあったが、壊すようないじめは初めてだ。


 ……さすがにマジでキレた。


「…………おい、ふざけんなよ」


「ん? 何がだい?」


 なお笑みを浮かべ続ける三山、俺は柄にもなく怒鳴って


「しらばっくれるな!!!!」


 いつも静かな俺による怒号により、驚いたような顔のクラスメイト、三山も少し驚いているようだったが、俺は気にせず話を続ける。


「いいのか? ここまでの大事になれば才華の耳にも必ず届くぞ? お前らが今までせっせと溜めてきた才華の好感度が地に落ちる羽目になるぞ」


 そう言うと三山は笑みを戻し


「おいおい、女を盾にするのかい? スキルだけでなく知能まで地に落ちてしまったとは……笑わせてくれるね」


「だがお前は「そもそも僕がやったって言う証拠はどこにあるんだ?」……それは」


「一ついわせてもらうけど、証拠も何もない以上僕がやったなんて思い込まないでいただきたいね。正直さすがの僕でも胸くそ悪いからね」


 猫を被った丁寧口調で話す三山、それに俺は何も反論できなかった。


「…………」


「はぁ……僕は苦しいよ……君がされた事は確かにひどいことかもしれない。だけど何の証拠もないのに犯人扱いにされるのはもっとひどいことだと思わないかい? ねぇ! みんなもそう思うよね!?」


「そうだ! 三山にひどいこと言いやがって!」


「犯人扱いされた三山君の気持ちを考えなさいよ!」


「謝れ! 謝れよ! おい!」


 瞬く間にクラス中に広がる罵倒する声…………


 今やっと理解した。俺が三山に話した瞬間、俺の負けは決まっていたのだと。皆は一気に三山のペースに魅せられたのだと。


 目の前で俺の方に手を置き三山は優しく俺に話しかける。


「もう僕含めみんなに誠意を見せるしかないね…………誠意を見せる方法……そうだ土下座してみないかい?」


「…………は?」


「「「「「そうだ! そうだ!」」」」」


 ばかげている。被害を受けたのはこちら側なのにまるであちら側が被害者のような言い草だ。

 普通の人が見れば悪いのはあちら側なのにみんな三山に魅せられそれに飲まれているのだ。


「そら! 土下座だ! 土下座! 土下座!」


「「「「「「土下座! 土下座! 土下座! 土下座!」」」」」」


 急かすような三山の言葉に飲まれてクラス中が叫ぶ。

 どんどん精神が追い詰められていく、ナイフでも刺されたのかと思うほどに胸が痛む。



「ひぃっ…………」



 気づけば涙を流していた。


「「「「「「土下座! 土下座! 土下座! 土下座!」」」」」」


「うっ………うう……ひっ……」


 泣きながら膝をついて土下座の姿勢に入る。


 もはや俺に逆転の術はなかった。


「すみませんでした…………」


「え? 聞こえないなぁ〜?」


「ッ…………すいませんでした! ごめんなさい!」


 …………土下座した。


「ふふっ……アハハハハハハハ!! しょうがないなぁ! そこまでされちゃあ仕方がない! 許してあげようじゃないか! アハハハハハハハハハハハ!!」


 もはや俺に抵抗の力はなく、周りの笑い声を土下座しながら聴く人形だった。

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