第9話 スチリス子爵と絵と等高線モデル

 馬車の通るルートと違って歩きコースだと町まで九十分位か未だ午前中の時間に町に付いた。


 町衛士団詰所前にはすでにセリアーヌ女子が馬車を止めて待っていた。

 「すまない思ったより大きな話になったのでコロラル準領主が面会を望まれてな」

 「何か予感はしてましたよ、これで?」

 「ああ、此の間から紋章入りの馬車以外近寄れなくなっててね」

 「リサ姉どうしたの」

 「大丈夫、声出さなけりゃばれないよ」


 リリカががっちり、リサの腕を掴んで馬車のほうに引きずっていく、一人に出来るわけないしね、私的にも。


 小一時間ほど馬車に揺られて大きな屋敷の門に着いた、門番は五人いたが全員に通達済な様ですんなり通れた、いや長女がいるし当たり前か。


 馬車が玄関に止まって、前じゃないよ馬車が普通に入れるエントランスホール、まあ今は防衛の為だろうけど。

 玄関の扉が閉まってから私たちは馬車を降りた。

 前方シンメトリーになった階段の上り口に穏やかな表情の癖に目だけが動いていない七十前の執事然とした男とヘルムこそしていないがフル装備の騎士が六人立っていた。


 「ようこそお越しくださいましたロード、コロラルが謁見室で待たれています、此方へ」

 なんか私の扱いをどうするか迷ってる感じ?、落ち着かない。


 階段を上るかと思いきや右側のドアを開いて長い廊下に入った、暫く進むと小さな玄関風の裏出入り口に出た、普通はここから謁見室に行くのだろう、此処で左に曲がり又暫く歩く、横に並んでいるフルプレートは全て兵士入りだ何人いるんだ、まあ一度娘を攫われてるからね。


 やがて大きな扉の前に着いた。

 「此の扉の向うが謁見室になっています私どもは此処までですので」

 「そこは何かありましたらじゃないの?」

 「事が終わるまで私共も同室は控えております」

 「団長さん?」

 「妹も来ると言っててなしょうがないよ」


 リサがビクッとした、今度はこそばさないよ、たぶん。


 団長さんが扉を開けてくれて私達は中に入った。五十畳ほどの部屋、本当はもっと奥まで有るんだろうけど多分段がついて高くなってるんだと思う、今はカーテンで見えない。


 部屋の中央に豪華な応接セットが置かれそこに四十前の男性と三十過ぎの女性、そしてルーセリアさんが立って迎えてくれた、手の包帯が痛々しい。


 「こんな部屋までご足労戴いて申し訳ない、此処が一番安全でして」

 「こちらこそ我侭を聞いて貰った上にお時間まで戴きまして有難うございます」

 「おお本当に確りしていらっしゃる、私がスチリス家当主コロラルで隣が妻の」

 「ルルレイです」

 「次女のルーセリアです」


 暫く値踏みをするように私たちを見ていたルーセリアさんだが何か表情から力が抜けて頭を下げる、軽い威嚇かな。


 「私は現状セイランに育てられたオムルと言います、此方が婚約者兼監視者のリサとリリカです、現在出自の確認にサラミドル領に向かう途中です」

 「ああ、アノ事件は聞いている、黒髪黒目だと聞いているし、風の上級使いが関わっているとも聞いている、疑うような気持ちは皆無だよ、娘が直接ラスメリア様と謁見を叶えているしね」


 母と顔見知りでしたか、それは沿うか此処も同じサソウス領だった。


 「私もその不思議な状況に立ち会いたかったものだね」

 「申し訳ありません夕べも試したんですが同じことは・・」

 「ああ聞いているよ、いやなに残念だと思っただけでね他意は無いよ」

 「有難うございます、それでは僭越ながら此の度招来を受けました理由を窺っても」


 「そうだねお茶すら出せない状態でね宰相が煩くて、うんゴホン」

 奥さんが左手を小突いて先を促す、そう言えば奥さんは一人だけ?


 「うん、此の度の事案は家にとっての不利も無く、いや正直に言う首の確認をすると十年は夢見が悪くなる所を本当に助かったよく知っている子もいてね」

 「いえ此方こそ差し出がましい申し出を一分の迷いも無くお受けくださいまして感謝致します」

 「なんだがね、対外的に見て今の状況はお金で彼女たちを売ったと同じ事なのは理解して貰えるかい」

 「はい」

 やはりそうなったか、一応色々用意はしているけれど如何しようか。


 「私も槍玉に上がったときに判別師に自信を持って掛かりたいのでね何かこう魂から間違いはないと思える事が無いだろうか?」

 私は少し逡巡するように下を見てから。

 「何かを見せると言う意味だけの力を授かったみたいなんですが彼女たちには何も見えなかったそうです、試してみましょうか?」

 

 リリカの目が据わって肩が震えている何をするか察しがついたらしい、我慢しろよ。

 「それでは、あれ?何か見えているようですね」

 「ああ、いきなり目の前が黒くなったな何かな、、これは」

 コロラル子爵は慌てて後ろを向き大声を上げる。

 「誰か、日除けの幕を下ろしなさい」


 此方を見ないようにしている為か表情を硬くした薄着の男女が入ってきて、謁見室の分厚いカーテンが下ろされると子爵様はじっと前を見て時々手を伸ばしたりしている。

 「これは星か?しかし此の量は星祭のときでも此れほどの天の光は見たことが無い」

 「お父様私には見えません」

 「そうか、オムル君が言っていたが女神様の思し召しだ、しかたがない」

 「そんな・・・」

 ルーセリアさんが恨みます、が明確にわかるように私を睨んでくるが此の線引きは外せない。


 「オムル君此れは暫くは映るのかい?」

 「はい、何度でも大丈夫みたいですし」

 「そうか、おいっ、画材を頼む」


 暫くすると水彩画のセットがテーブルに揃えられた。

 鈍角のイーゼルに画用紙をセットしてささっと一枚書き上げる、早い、うまい、ネットでえらい早い人を見かけるが負けていない、なにより手の動きが軌道と言えるほど正確だ。


 絵画と言うより調整実行系のスキルかな?。


 星雲みたいなのと土星みたいなのが一緒に見える位置に繋いだんだが見事に再現されている。


 「星は、解るんですけれど此方の丸いものは何でしょうか?神様の世界でしょうか?」

 「さあな、お、動くようだぞ、ちょっとまて」

 さて大天体ショーの始まりだ。今見えている星の一つがズームアップされていく。

 「これは太陽か?、、あれらの星は全て太陽なのか?」


 全てじゃないけどね、理解力が凄いねそれじゃあ近寄るよ。

 「おお、おお、これが太陽か、何と猛々しいものか、まてまてしばし」

 ピーピングウインドウは透過する光の質も選べる、直ぐに書き上げた太陽はフレアも黒点も正確に再現されている。

 「お父様これは何です?」

 「太陽だよ近寄ると太陽は燃えているんだよ、炎の塊なんだ、巨大な炎の塊なんだっ」


 それから暫く宇宙旅行を楽しんで貰った、二時間程色々な星に降りて様々な大地とそこから見られる星空を見せた、絵画も十枚ほどになったのでクライマックスだ。


 「綺麗だ、此の星は何だい?此の青いところは水かい?・・止めてくれっ」

 今度は今までよりも丁寧に書かれている、少し時間が掛かっている。

 「水色が綺麗です、今までの大地とだいぶ違いますね」


 仕上げは。


 「動き出したな、ん、此の島の形は・・・・」

 気付いたかな?。

 「まてまてまて、これは、書いてもいいか?、いいのか?」

 「どうぞ」


 暫くしてコロラル子爵が精も根も尽き果てたようにソファーに座り込んだ何度も水やパレットを交換していた側仕えもぐったりしてその場に座り込んだ。


 「これは見たことが有りますわ、もっと稚拙ですけれど、お父様の書斎にもあります、けれど所々大きさなんかが違いますね」

 「間違いないよルーセリアこれは我々の住む此の大地の地図だ」


 暫くして息を整えてから胡乱な目をして私を威圧する。

 「とんでもない物を下賜されるものだ、女神よ」

 「未だ続きがある様ですよ」

 「これ以上何を?」

 「さあ続けますよ」


 スーパー100k3D映像は水面近くまで落ちていく、小さく悲鳴を上げる子爵様を横目にルーセリアさんの視線を無視して続ける。


 映像は海を走り時々出る大型の水中生物をかわし海岸に向かっていき森に入り街道を抜け一度高度を上げてとある町に近付きやがて大きな屋敷が映る。


 「おおお、こういう事か?」

 「どうしましたのお父様」

 まだまだ。


 映像は屋敷の中に入っていく。

 「ま、まさか、ひ、まさか」

 廊下を進みやがて見覚えのあるドアに近付く。


 そして彼は見た。


 驚愕の目で自分を見る自信を、て、やりすぎた、此処からでも解るくらい鳥肌が立ってる。


 顎が外れているように口を開け、上を向いてがくがく震えていたがやがて虚ろな目をして。

 「何時も見ていらしゃる、女神様、御身の憂いを無くして見せましょうっ」

 突然気力に満ちたガッツポーズをする主人を訝しげに見る奥さんと我が意を得たりと顔を輝かせてしきりに頷くルーセリアさん。腰が浮くリサさん。それを抑えるリリカ。


        ★


 

 帰りの馬車が門を出るとセリアーヌ師団長が急に話掛けてきた。

 「父さんのあんなに生き生きした表情は始めてみたよ、特にここ一ヶ月はまさに生き地獄だったからね、ありがとう」

 「納得して戴けたみたいで良かったです」

 「だけど最後に君が作った等高線モデルってすごいな、君が薄紙に書いてくれた等高線で世界地図を作るって凄い張り切っていたよ」


 例の絵が領内の河川開発問題の解決に役立つと言っていたので夕べ作った事もあって、絵に合わせた等高線を描いてあげてた。

 それを使って説明しながら小さいモデルを一対作って見せた。

 厚さ二ミリ弱の板が有るとの事で持ってきて貰い隙を見て作った頑丈な倍力はさみでばきばき割切りって重ねていくと何か感動してた。


 倍力ハサミとは剪定鋏のことだが機構を付ければ八倍十倍のものもある、広い範囲で見ればワイヤーカッターも同種類だ。


 「あれぐらいの事で重ねての無理を聞いて頂いて感謝しかありません」

 「いやアノはさみだけでも価値はあったさ」

 布用のはさみは有るが力任せが通るようなはさみは無いそうでそのまま置いてきた。

 「いえいえ、税収にもなる没落貴族の財産徴収品の中から手荷物だけでも一人一つ持ち出せるなんて、其の上元サインラル男爵領地の一部返還まで了承戴けるなんて」


 「其方については君の進言じゃなければ絶対通らないよ」

 「僕の、ですか?」

 「何か理由があるんだろ、上領地から文官、管理官、衛兵まで派遣すると言ってたじゃないか」

 そりゃね言ッとかないと争いの種に必ず成るからね、聞かれないなーとは思っていたけれど。




 馬車が町衛士団詰め所につく頃に其れまでと違う雰囲気で団長さんが顔を寄せてきた。

 「其れが本当なら此の町はお祭り騒ぎだな」

 「皆さん忙しくなりますね」

 「それはかまわないよ・・・」

 「なにか歯切れが悪いですね?」

 「うんそうか、そうだねじゃあ聞くよ君は魔人って知ってる?」

 

 驚いた、今の今までファンタジー要素が無いと思っていたのにそんな単語が出てくるなんて。

 「いえ、初めて聞きました、どう言うものなんです?」

 あれ?リリカの様子が変だ、緊張してる?。


 「そうかい、未だ七つだったね、君といると勘違いをしてしまうよ」

 なにをだろうかこんなに小さいのに、最近一部が成人しそうですが。


 「魔人は十年周期で現れる、異常な能力を持った見た目は人間なのだが実態は解らない」

 「十年に一人なら今も何処かに居るんですか?」

 「いや、判で押したように十日で居なくなるそうだ」

 「次はいつ頃なんです?」


 今の説明だけではこんなに緊張した面差しで語りはしないだろう。

 「解らない」

 「えっなぜです?今の話だと予想が着く感じですけれど」

 「最後に現れたのは間違いなく二年前だ、現れたのはクル集落」


 え、クル集落はコミネ村の東隣の集落。そのころ厄災で村人全員が亡くなったと聞いていたけれど。

 「魔人と言っても色んな顔、体系、服装をしていてね記録によれば若かったり子供だったり男女共有るそうで性格も又しかりで言葉は通じない、だそうだ」


 「それはつまり」

 「そう集落の人間ほぼ全員魔人に殺されたんだ」

 「そう言えば其の頃家から出してもらえなかった事が有りました」

 リリカが小さく首を振っている、なんだろと思った瞬間腹の底が冷え込んでいく感じがした。


 思い出した、子供の神経が拒絶したのか自分で肝心な部分を消して今の今まで忘れていた。

 「まあ記録では何千人単位の虐殺も有ったそうだから記録どうりと言う事で納得できる、問題は此の後なんだ」


 「昨日リリカ君が言ってたよね」

 「な、に、か、言ってましたか」

 「山が消えたって」


 リリカの体がはっきり解るくらい跳ね上がった、リサがそっと肩を抱いてくれて落ち着いたようだ。聞いてたのか。

 「調べたら実際コミネ村の東側の峰が一つ消えているんだ、跡には底が岩石の湖が出来ていてねコミネ村には潤いの湖になってる、最近橋を掛けることになってるそうだ・・・コミネ村って最近潤ってる?」


 最後は私の表情を見て空気を換えようとしてくれたみたいだけど、それ所じゃ無い、あのときの事が記憶から出てきて臓腑を締め付ける。

 

 ウィンドウ二分割のきっかけになったあれ。


 「時期的に同じなんだが、他領の事なので資料的にどうなっているかは解らないんだが其の後魔人が消えている、出現から長くても六日、短いと四日、過去の記録にそんな事は一度も無いんだ」


 私は表情を見せまいと顔をそらす。

 「事は此の領地にも関する事なので一応聞くけど、心当たりは無いかい」

 其のとき馬車の扉がノックされて。

 「失礼します」

 哨兵さんが馬車の扉を開けてくれたので顔を出口に向けて返事が出来た。

 「いえ、其の頃はまだ五歳なので」

 「そうか、それじゃ一つだけ、自然にも理が有るならどこかで辻褄が合うようになる」

 「それは」

 「此の町の占い師の言った事だよ」

 「最近?」

 「昨日だ」



    ★




 士団長室の応接セットで私の持ってきた紅茶を振舞っている、保温ポットに凄く興味を示したので仕方なくプレゼントすることにした。

 こうなるとお母さんにも何か送っとかないと。

 「すまないね、まだ荷物の選定中なんだ、子供は何か変な覚悟をしていてね此方をずっと伺って先に進まないんだ」


 リサとリリカはきょとんとしているが私は解る、生前でもそうだったが子供の処刑は場違いなところで他に気を向けさせてから行う事が多い、牢番か巡回番かが喋っていたのを聴いたのかもしれない。実際かの国で行った男子の処刑フィルムが新聞社に未だあるはずだ。


 其のとき例の女神信者のジョイさんがドアを開けて入ってきた。

 「護衛の衛士の選別終りました、それと資料室散らかしたなら片付けて下さいよ」

 「うるさい、それと私も行くからな」

 「まったまった、させませんよ隊長!!」

 「反応が早いな、残党の気配も無いし直ぐに帰るよ、それと今は団長。」

 「直ぐにって言っても、馬を無限に調達して片道五日は掛かるんですよ」

 「あの隊長さん、僕たち町には寄らずに野宿で其の上馬車なので山は迂回して行くし三倍以上掛かりますよ」

 正直護衛は考えていなかった、考えたら当たり前か建前は罪人の移送だもの。


 「そりゃそうだろうさ、碌な護衛も付けれないのに宿になんか泊まれるもんか」

 「隊長、確かに昨日今日は平和ですけれど何があるか解らないでですから」

 「君は女神を信用していないのかい?」

 「其れとこれとは話が違います」

 「昨日と今日と女神は何も言わなかった、それどころか此の町の大いなる発展を約束をして下さった」

 「はい?」

 「兎に角今回を逃すと私の休暇は向う十年は取れなくなってしまう」


 休暇って言ったー!!。


 「どうしてもですか?」

 「私の夢が有るんだ」

 「はあ、ちなみに町の発展について窺っても?」


 ジョイさんが私を見ながら聞いてきた。

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