元敵同士だけど救いたい

入江いるか

1章 ハイト視点

0日目 奇妙な同居生活の始まり




 ここは、本当にアルカヌム村なんだろうか。


 地べたに座り込み、呆然と空を見上げながらそんなことを思う。

 周囲を見渡しても、不自然に歪んだ地層や土砂に飲まれた森……そんな、全く見覚えの無い景色ばかりだ。

 生まれた頃からずっと暮らしていた村の、毎日歩き回って過ごした森だってのに、面影すら見つけられない。

 あの澄んだ小川が流れて、魔力に満ちて、魔獣も出るがその分自然豊かな聖域は無くなってしまった。

 いや、無くされたんだ。


 俺に。


「……」


 根が抜けかけて、いつ倒れてもおかしくなさそうな木に背中を預ける。

 もう……1年経つだろうか、俺が守りを任されていた大神殿から、神具が盗まれる事件が起きた。

 それから俺は、それを防げなかった失態を償い、神具を取り戻すべく、盗賊たちを追う旅に出なければならなかった。


「……本当は、村の外になんか……出たくなかった」


 人見知りで口下手な俺が、それでもなんとか村の一員として認められていたのは、アルカヌム村の皆がいつも優しく接してくれていたからだ。

 俺の苦手なことは代わりにやってくれたし、逆に俺に出来ることは任せてくれた。

 そんなアルカヌム村が好きだったし、ずっとここで暮らすつもりだった。なのに村の外に出なければならなくて、本当に嫌だった。

 だが……


『ハイト兄さん、大丈夫、交渉ならおれがやるから!』

『ハイト、きっと神具を取り戻そうね』


 ミドとルーナの顔が浮かぶ。

 神具を管理していた神官のルーナは俺と同じ理由から、ミドは商人見習いとして比較的村の外にも詳しいからと旅に同行してくれることになった。

 アイツらに背を押され、大神官から期待していると特別な剣を譲り受け、俺はどうにか旅に出る決意を固められたんだ。

 勿論、魔法も使えない外の奴等に妙な目で見られたり、雪国や砂漠とアルカヌム村では考えられない環境に戸惑ったり、意思疎通がうまくできず案の定もめごとになったり色んな事があった。何度村に帰りたいと思ったかわからない。

 だが失態をおかした俺に、まだ期待してくれる村に応えたい。

 全力で協力してくれるミドとルーナを、なんとか無事に村に帰してやりたい。

 そう自分を奮い立たせ、神具を回収し……俺達は遂に、村に、帰ってくることができた。


 だが、帰ってきたとき、村は地殻変動に飲まれ、……無くなっていた。


「……は、……」


 一体、何のために世界中を巡ってたんだか。俺が一番好きだった村を消すためにか?

 鞘から、黒い刃の剣を抜く。


 もういいだろう、もう随分、俺にしては頑張ってきた。

 不幸中の幸いで、『アルカヌム村に地殻変動が起きる』と神託を受けていた大神官が、村の皆を隣町へと避難させてくれていた。

 なんとか、本当になんとか、ミドとルーナを隣町まで連れて、家族と無事を喜んでいる姿を見届けたんだ。

 だから、もういいだろう。

 剣を握る。


 もう何日も、聖域を、元々アルカヌム村があった土地を歩き回った。

 例え記憶通りの場所を見つけられなくても、俺は、どうしてもここに帰りたい。

 黒い刃を、首元に寄せた。


「何をしている」


 獣道すら無くなったこの森を、どうやって進んできたのかわからない。

 だが、そこには今最も会いたくない男、ゼブが確かにいた。


「…………」


 どうしてここにいるんだろうか、邪魔だ。さっさと俺がどこかへ行こうかとも思ったが……立ち上がる気力もない。

 こいつだってどうでもいい。

 無視して剣を動かそうとして……動かなかった。


「何をするつもりだ」


 ゼブの手から放たれた魔法が、俺の全身を捕縛している。

 この技は食らったことがある、こいつを追う旅をしている間に。


「離せ……」

「ハイト……村の事は、確かに辛いだろう。

 だが、死んでどうする。またこれから」

「…………」


 何度も俺達を殺そうとしてきた奴が、何言ってんだか。

 屈んで隣に近づいてきたゼブに視線を向けても、何も感じない。

 化け物みたいに強いこいつらから、本当に奪われた神具を取り戻せるのか、ミドやルーナが殺されるんじゃないかと、あんなに怖かったのが嘘みたいだ。

 腕に力を籠めると、捕縛魔法が弱まってきているのを感じる。

 腕が僅かに動かせる、そろそろ解けそうだ。


「ハイト、止めろ!」

「止めるわけないだろ……」


 無視しても、いつまでもいるこいつに返事をしたのは、鬱陶しかったからだけでなく、元凶への嫌味を言いたかったからかもしれない。


「村をこんなにした……裏切り者を殺さないと」


 ゼブの表情が歪み、黄色い瞳が揺れた。

 神具を盗んだゼブ達を追って、追い続けて、ようやっと追い詰めた時があった。

 そして、その時初めて知った世界で起こっていること。それからこのゼブが住む村を救うには、どうしても神具の力が必要だという話から……最終的に、俺達は力を貸した。

 だが、もしその結果アルカヌム村がこんなことになると知っていれば、大神殿の掟に反することも、村を、こんな姿にしてしまうことも……無かっただろう。


 あの時、知っていれれば……


「……こっちへ来い」


 魔法が解ける。だが俺が動くよりも早く、鱗の生えた手が腕を掴んできた。

 振りほどこうとしても、俺よりも一回りはデカいゼブの手はビクともしない。

 そしてずんずんと、道なき道を歩き出す。一体どこへ行こうってんだ。


「お前が助けた村に、行くぞ」




 それが、この奇妙な同居生活の始まりだった。



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