負けずぎらいな令嬢十歳「兄の学友をやり込め紳士に庇われる」

 蔦模様のテーブルクロスに可愛らしい薄桃色の茶道具が並べられている様子は花が咲いたよう。庭に設置した小ぶりなティーテーブルを前にして、人形のような少女が拳を握って抗議の声を上げた。


「市場に行きたい、って、言っただけよ!なんで罵倒されなきゃいけないの?」


「淑女は行かない場所だろ、そんな事も教えてもらってないなんて、君のお母様は町女かなんかなのか?」


 この瞬間。

 十歳のシャーロットは蜂蜜色の髪が逆立つほど怒りで頭に血が昇った。

 顔色が変わった生意気な少女を見て、十五歳のアーサーはほくそ笑んだ。


 ......こんな調子じゃ、この娘はこの先きっと苦労する。

 自分がちゃんとしないから家族まで侮辱されると僕が教えなくては。......


「母君は市場で物売りしてるんだ? そうか分かった、君のお得意のレース編み、あれを商品にして......」

「そこまでにしろ」


 調子に乗って話していたアーサーは冷ややかな空気が辺りを支配している事に、この時気がついた。


「客分としての立場を忘れたのか?」


 アーサーに釘を刺したのは一歳年上の同級生、レジナルドだった。

 二人は夏季休暇の間、庭園が美しいと評判のウッドヴィル邸に滞在していた。


 シャーロットはウッドヴィル家自慢の庭でお人形相手におままごとのような小規模なお茶会を楽しんでいた。そこで休暇中の課題ノルマを終えてひと息つきたかった少年たちが招きに応じた結果が今だ。この家の嫡男セオドアは家令に呼ばれ席を外していた。


 夏が終われば四年生に進級する。

 級友の間でも発言力が増してきたセオドアの前でこんな発言をするほどアーサーは馬鹿じゃない。それくらい弁えている。


 優秀だがいつも静かなレジナルドは怒ることが滅多になく、彼ならアーサーが多少逸脱した発言をしても、見逃すと思ったのだ......見当違いだったか。


「ごめん、レジー。確かにそうだな」


 多少の罰の悪さを押し隠し、アーサーは平静を装った。が、

「俺に謝って誤魔化すな。シャーロット嬢が傷ついている」

 レジナルドの追撃は容赦なかった。


 思いもよらない指摘を受け、アーサーはあっけに取られ乾いた笑いを漏らした。


「......っ、ははは、なんだよそれ。レジー、君プライドないの?こんなことで頭下げれるのか?


 レジナルドの目が坐ったところで、ふたりのやりとりを聞いて頭が冷えたシャーロットが、口調を改めて言った。


「アーサー様、もう結構です。お引き取りください」

 シャーロットの青灰色の瞳が冷たく燃え盛っている。


「"淑女として正しく振る舞える" あなたのお母さまが、ケンカしてもお父さまに謝ってもらえない、"かわいそうな方" だっていうのだけは、よぉくわかりました。」


 +++


 シャーロット付きの侍女エリカが血相を変えて居間に駆け込んできて、家令に何事か伝えると、家令も常にない様子で周囲に何事か指示を始めた。セオドアは自分の誕生よりも前からこの家に仕える男の珍しい姿に、目線を上げて声をかけた。

「カーター、どうしたんだ?」


「シャーロット様が、セオドア様のご学友と、つかみ合いのケンカをされ......」

「なんだって?」


 正確にはつかみかかろうとしたアーサーを止めるレジナルド越しに、シャーロットが反撃をしかけて、テーブルを蹴倒して三つに組み合っているところを従者たちに止められたのだった。


「本当に女かよ!?」

 髪をむしられて顔を引っ掻き傷だらけにされたアーサーは、この捨て台詞を残してウッドヴィル伯爵家から去った。


 夕食を済ませて就寝までの団欒の時間に、コーヒーを飲みながら少し落ち込んだセオドアがレジナルドと話していた。

 シャーロットは自室にこもっている。


「アーサーが仮にも女性に手をあげるような奴だったとは、僕の見る目がなかったのかなぁ」


 仮にもとは?......と疑問に思いつつ、深く突っ込まずにレジナルドは返答した。


「男同士だといい奴でも、女性相手の時だけ態度が変わる人間だった......ってことだな」


 アーサーの家格がウッドヴィル伯爵家より劣っているのが救いだ。

 アーサーの実家の爵位もセオドアと同格の伯爵だが、ウッドヴィルは歴史が長い。

 こちらがなかったことにすれば、あちらも家同士の争いに発展させるようなことにはしないだろう。

 学院に戻ったらしばらくは気まずいかもしれないが......。


 レジナルドはシャーロットを庇ってアーサーの攻撃を受け、肩と腕に打ち身を負っていた。


「人を見極めたかったら、自分よりも弱い相手にどう出るか観察するといいってことが、よく分かる例だった。勉強代だと思っておこう」


 どこまでも冷静な親友に、半ば呆れながらセオドアは言った。


「レジー、きみがロッティに愛想を尽かしたり、嫌いになったりしなかったのが僕はとても不思議だよ......。あんな凶暴で、貰い手が現れてくれるか、果てしなく不安だね」


「あれくらい出来る女性の方が、幸せになれる。逆にロッティには感心したんだ。最終的には乱暴な結果に終わったけど、ロッティは途中まで優雅に言葉でやりこめてた」


 目を細めながら心底称賛しているらしいレジナルドを見ていると、溺愛する妹について語る兄のように見える。これではどちらが身内かわからない。

「そ、そうか......」


 風が強くなってきた。窓を打つ梢の音に顔をあげ、闇色のガラスを見つめながらレジナルドは呟いた。


「俺の母は表面は従順に従いながら、影で泣いて恨みごとを言うしかできずに、病気になって壊れてしまったから」


 レジナルドが滅多に口にしない生家の話。

 セオドアはなぜレジナルドが今まで家族のことを話そうとしなかったか、家に帰りたがらなかったか、この夜に初めて知ったのだった。

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