負けずぎらいな令嬢十一歳「初恋の紳士からの贈り物」
※本日二話投稿しています
十一歳のシャーロットが、十七歳になる息子の親友レジナルド・アルバートの手を引いてエキノプスとホリホック、ヤロウにジギタリスが咲き乱れる夏の庭園へ駆けて行くのを見下ろして、ウッドヴィル伯は妻ソフィア・オリヴィアに問いかけた。
「ロッティと......レジナルド君だが、少し距離が近すぎはしないかな」
従者が小脇に画板や絵の具の箱を抱えて、侍女と共に小走りに二人の後を追っている。
どうやら娘は花を描くつもりらしい。
「あの娘には政略結婚や気取った社交は難しいから、入学前セオドアに信頼出来ると判断した友人を積極的に連れて来るように仰ったのはあなたでしょう?」
オリヴィアというミドルネームの通り、金茶に緑がかった虹彩の瞳を持ちスラリとした肢体のウッドヴィル伯夫人ソフィアは、落ち着いた口調で夫ベンジャミンに語りかける。
「それは貴女の意見だ、私は貴女の意見に賛同し、セオに命じただけだよ。しかしあんなにセオドアがレジナルド君ばかり連れて来るとは思わなかった。お陰でふたりの親密度が増す一方だ」
「あら、二年生、三年生の時レジナルド様の他にもう一人ずつ連れて来たじゃあありませんの。お忘れ?」
「ロッティが癇癪を起こして、一人は逃げ帰り、一人は大喧嘩......だったか。なぜそんな事になったんだったかな」
「シャーロットを侮辱して、あの娘に報復されたのです」
当時は詳細を伏せられていた伯爵は、いま明かされた事実に、開いた口を閉じて、また開けて、何と言えば良いか判断できずに、また閉じた。
「分かった。レジナルド君は希少な人材だという事が」
「わたくし達の育て方を後悔なさってないのなら、良かったわ」
微笑む夫人を抱き寄せて、伯爵は断言した。
「貴女のような魅力ある娘に育つなら、何を後悔するものか」
「わたくし、変わり者と評判ですのよ」
「身を以て知っているとも。隣国の、片田舎の伯爵ふぜいの求婚に応えてくれたのだからね」
+++
「レースのモチーフはお花だけじゃないの」
夏の庭園をスケッチしながらシャーロットは傍のレジナルドに話しかける。花に魅かれて群れるミツバチや蝶の動きを見守りながら、レジナルドはシャーロットに相槌を打った。
「じゃあ......蝶やトカゲもレースのモチーフに?」
「あまり見ないけど、これから出てくるかもね。都ではブローチがわりに、襟元なんかにカラフルなトカゲを留まらせるのが流行しているのですって」
あまりいい趣味とは言えないその話に、レジナルドは肩をすくめた。
「迷子のトカゲが続出しそうだな......」
そこで「もう!」......と尖った声を聞いて、シャーロットの小さな頭に視線を戻した。
普段は肩の上でフリルのように踊っている金色の巻き毛は、今日は編まれて両脇に垂れている。邪魔にならないよう、侍女が工夫して主人の愛らしさを引き立てるよう仕上げたのだ。
木陰になる場所を選んでいるが、今日は汗ばむ陽気で細い首筋に柔らかな後れ毛が張り付いていた。
様子を見て水分を摂らせなくては、と保護者らしく考えて、可愛らしい不満を聞くため目顔で促すと、レジナルドを見上げたシャーロットが口を開く。
「蜂も蝶もキレイなのに、飛んでたら目が追いつかなくてどうしてもスケッチできないの!」
ああ、と合点がいって、レジナルドは頷いた。
やっぱり可愛い不満だった。
「この蝶は特に裏羽が美しいけど、ジッとしてる時は隠れて見えないんだよな。......捕まえようか?」
「え」
目を丸くするシャーロットから離れ、蜜を吸いに集まり舞っている蝶の方へ歩み寄る。
タイミングを見計らって紫色のポンポン花に止まった蝶に狙いをつけたと思うと、レジナルドは人差し指と中指だけ伸ばした状態のまま羽の付け根を挟み込み、パッと捕まえてしまった。
「すごい!レジー」
シャーロットは感動のあまり、思わずパチパチ拍手をして歓声を上げる。
「かっこいい!」
レジナルドは苦笑した。
単なる虫取りでこんなに女性に喜ばれるとは。
宝石やドレスや、立派な屋敷。
維持するための貴族の義務。
大人になったら、女になったら、この子もそういうものを求めるようになるんだろうか......。
貴族であることを重視して、財産や格式に執われ身動きが取れない、一族の女性たちを思い返す。
あれが足りない、これが足りない、と外側の欠落を埋めることだけに熱心だった。
レジナルドが育った家では、全てに優先されるのは「格式」だったから、個人の思考や意志は切り、捨て去るように教え込むのが「教育」だった。
教育されていくにつれ、自分の家がどれだけ立派か、すごいか、周囲を威嚇できるものーーー宝飾品やドレス、家財、庭園の凄さ、フットマンの数、メイドの質、そして血筋ーーーが価値あるものと思うようになって......。
いつの間にか、自分は質の高いそれらのものが好きだと錯覚するようになっていく。
その中で抑圧された人々は、教育の歪みを晴らすように悪意を渦巻かせ、刺々しくなっていった。
対してシャーロットには本音しかない。
本当なら空気を読んだり、立場を考えたり、「それらしい振る舞い」をするべきだ、と枠に嵌って生きることを覚えていくはずた。貴族の子女ならば。
けれど出会った時からずっとシャーロットの振る舞いは天衣無縫だ。
世間には欠陥と捉えられるその性質に、レジナルドには安らぎを覚えていた。
この時のレジナルドにとって、シャーロットはひとりの女性というよりも、「妹のように愛おしい存在」として認識されていた。シャーロットの純粋さは幼い少女特有のものに見えていたし、自分の気持ちも本当の意味で理解してはいなかった。
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