負けずぎらいな令嬢は紳士に溺愛されるだけじゃ気が済まない
@93secret_garden
恋愛編
令嬢十五歳「初めて紳士にレディ扱いされドギマギする」
つい「レジー」......と呼びかけそうになって、わたしは慌てて口を噤んだ。
最近の風潮では、結婚前の男女が名前で呼び合うことは「はしたない」。
いつもだったらそんなの笑い飛ばして、幼い頃のように彼に飛びつくところなんだけど。
久しぶりに会う彼......グレイ侯爵令息レジナルドさま、がどう出て来るかが分からなかったから、ちょっとだけ警戒したのだ。
三年ぶりに会う、兄の友人。
距離なしだったのは過去の話だし、わたしは次の薔薇の季節にはデビュタントを控えた身なので。
目を伏せたまま彼が歩み寄ってくるのを待つ。
目の端に、元々長く軽やかな足捌きだった彼のしなやかな体が映っている。
ああ、もどかしい。3年前と比べてどれくらいレジーが立派な大人の男性に成長したか、姿を目に焼き付けたいのに。
目を合わせるのもダメ、触れ合うのもダメ、堅苦しいったらありゃしない。
「ミス・ウッドヴィル」
温かな声が降ってくる。
嘘、こんな声だったっけ?お腹から響くみたい!深みが増してる!
礼儀正しいのに、他人行儀じゃない。
ちょっぴり笑みを含んだ優しい声。
やばい。
本格的にレディ扱いしてくる気だわ、ずるくない?
あなた前回うちの屋敷に来てた時はどうしてた?
わたしのワガママに付き合って市場と海に連れて行ってくれて......、手を繋いだり、抱き上げたりしてくれてなかったっけ?......あり得ない......。わたしもあり得ないけど、十八歳の男性が十三歳女子にする態度でもなかったでしょ。
ああ早く、手を差し出さなきゃ。
「あなたには握手を許した仲じゃなくってよ」って言ったことになっちゃう!!
そしたら彼と目を合わせるチャンスがなくなっちゃう!!
エイッと気合を入れ細かく震える手をできるだけ優雅に差し出す。
心臓が指先にあるみたい。
(お母さまの言う通りにで、できてるわよね......?)
目線を上げるとじっと私を見つめるレジーの顔がやっと見れた。
わたしだって背が高くなったのに三年前よりも見上げる角度で優しい眼差しを緩ませるレジーの整った顔があって、直視したわたしはなんていうか......、心臓を直に撃ち抜かれたみたいな衝撃を受けてしまった。
凛々しい眉毛からスッと通った高い鼻、整った唇、頬骨に落ちるまつ毛の影。
艶のある焦茶の瞳と髪。綺麗な額を紳士らしくスッキリ出している。
昔から美形だったけど、決定的に違うのが男性らしさ。
「滴るような色男」ってお母様の読んでたロマンス小説にあった表現、意味わかんないと思ってたけど、理解したわ。
なにこれ。カッコイイ!大人っぽい!そんな目でこっち見ないでほしい!
しっとりした山羊革の手袋に包まれた指先がわたしの手を掬い上げ、お互い軽く会釈をした。
「三年ぶりですね。懐かしいな」
チョコレート色の瞳を緩ませて人懐こく笑いかけてくれ、わたしは心底ホッとし一気に緊張が緩んだ。でも、あたまの中は......。
(レジー、嬉しそう?わたしに会えて、いや、そりゃこの家が懐かしいから、それにしても素敵すぎる、あんまり見つめしないようにしないと、かっこよさにポーッとなってるのバレちゃう......じゃなくて、えーとレジーの今の称号は?お父様のグレイ侯爵がおもちになってる複数の爵位の一つを嫡男は名乗るから、、)
レジーにどう呼びかけるべきか、レジーの今の爵位を辿って、わたしのあたまの中はパニックになっている。そして、どんな態度を取ればいいかの正解が導き出せない。
あ、
「......っ、すたんふぉーど卿、急にご来訪されなくなるし、わたしをお忘れになってしまったかと思っていました」
なのに目線を逸らしてフン、みたいな高慢ちきなツンとした声が出てしまった......。
見つめないようにしなきゃ+ポーッとしないようにしなきゃが変に出たっぽい......。
「まさか、そんなことあり得ない」
わたしの試すみたいな態度を意にも介せず、レジーは眉目を開いて真剣な目で即座に否定してくれた。
「僕にとってはこの屋敷であなたと過ごした思い出こそが安らぎだ......。今もこういったものはお好みですか」
そう言って小さなブーケを添えたボックスを渡してきた。
あっ、と息を呑む。
「ギルダーレースのハンカチ!」
「今、公国と取引をしているんですよ」
ギルダー公国は素晴らしいレースの技術を持っていて、最近見直され今首都で大流行中なのだ。そのお陰で品薄になっていると、この片田舎にも届いている。
母はギルダー出身だけど、輸出するのに忙しくて自国に出回らない程だという噂を聞いた。
母の影響もあってわたしは子どもの頃からレースが好きで、宝石箱に古今東西のレースをコレクションしていた。
「ありがとうございます......いいのかしら」
覚えててくれた。
身につけるものを送るのは、節度を飛び越える「いけないこと」。
未婚の男女同士、婚約者でもないのに贈れるのは本とお花とお菓子程度のもの。
なのにわたしの一番喜ぶものを送ってくれるなんて。
「大丈夫。セオの許可をもらってることにしよう」
「お兄様、よろしくね」
離れたところで見守っていた兄、セオドアが苦笑して言う。
「感動の再会は済んだ? いきなり飛びついて昔のように戯れあったらどうしようかと気を揉んだけど、思った以上に大人しいな」
わたしは祖母に似ていて、兄セオは母似だ。
兄は母と同じ明るい榛色の髪とオリーブの葉みたいな茶緑の瞳を持ち、背が高く、レジーと並ぶと明と暗の対比。
性格も明朗快活で、思慮深いレジーは兄のサポート役に回ることが多いと聞く。
わたしは軽口に言い返す。
「お母様のお小言がなければそうしてるかもね」
嘘だ。
目の前に実物が現れて分かった。心臓が保たない。
もう軽々しく触れることなんて考えられない。
距離が離れたことで、節度を守ることで、逆にドキドキすることなんてあるんだ。
こんな風に丁寧に扱われるとどうしたらいいか分からなくって、気持ちがふわふわしちゃう......。
男の方がわたしを大人の女性として見ていると、わかりやすく示されている感じ。
小さな頃から知ってる人も、別人になったみたいに新鮮に映るんだわ。
前みたいにおねだり攻撃したい気持ちと、大人扱いされたい気持ちがせめぎ合って、わたしはその後レジーの前でどんな態度を取るべきか全く判断ができず、思考停止して黙りこくってしまったのだった。
そんなわたしを置いて、レジーと少しだけ今朝の一面に載っていた北部地方の洪水の話をしてから、お兄様はこちらへ顔だけ向けてこう言った。
「ロッティ、スタンフォード卿に挨拶が済んだなら部屋に戻りなさい」
「なぜ?まだここにいたい」
「男同士の話があるんだよ。もう子どもじゃないんだから」
都合いいの。大人の女性として丁寧に扱われるのは素敵な体験だったから、まぁ許してあげてもいいとして。
"レディだから、子どもじゃないから"って言葉で屋敷の奥に押し込められるのは我慢できない。
けど今は、せっかくレジーに大人の女性として接してもらったばかり。自己主張したとして、もし呆れられたらそれは悲しい......。
わたしは折れることにした。
「スタンフォード卿、ずっとお会いしたいと思っていたので今日は嬉しかったです。」
会釈をして去ろうとしたわたしに、レジーが声をかけてきた。
「ミス・ウッドヴィル」
駆け引きなんて難しくて、向いてないけど。
今ひたすら気になるのは「ミス・ウッドヴィル」なんて、嫌すぎる。ってこと。
昔はロッティって言ってくれたのに。
せめてシャーロット嬢と昔のように呼んでもらいたいけれど、そのためにはどうしたらいいのかしら......。
「最後にお会いしたのは3年前でしたが、見違えました......レディにおなりだ」
耳が熱い。
自分の心臓の音が聞こえそう。やっとのことで声を出す。
「......スタンフォード卿、も、ご立派になられて、昔のことが夢みたいに感じられますわ」
わたしの王子様。
わたしの兄とレジーは寄宿学校の学友同士だ。
同学年だけど、レジーはお兄様より一つ年上。
休暇の度に兄セオは、我が家へレジーを連れ帰省して、子どものわたしは遊び相手が来てくれるその期間を楽しみにしていた。
グレイ侯爵家の嫡男であるレジーが、なぜ実家に寄り付かず我が家に入り浸っていたのか、幼かったわたしは何となくしか分かってない。
家族以外の人は皆、わたしがワガママだとか、淑女じゃないとか、育ちが悪いと小言を言ったけど......由緒ある家系で育ったはずのレジーだけが最初からわたしを否定せずに寄り添ってくれていた。
レジーが休暇に家族の元へ帰らなかったのも、わたしを責めないのも、ご生家で何か辛い経験をしていたことが関係しているんじゃないか、と勝手に推測してるけれど。
何も気にせずにそばへ行けて、名前を呼びあえた、あの時間はもう戻ってこないの?
二人とも大人になってしまったから。
わたし自身の気持ちが、恋に変わってしまったから。
無邪気な子どもの頃に戻れたらいいのに......。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます