第5話 DQN
「拳銃?」
「一応地球から人数分持って来たんだけどよ、税関で止められちまったんだワ。一丁しか持ってこれなかったんだよ」
「持って来てたんだネ…」
「あたぼう(当前)。フィリピンで3千円だったぜ」
ダイダラとチャッキーは街を歩いていた。
ここは女神の生活区域であるエメラルドシティからずいぶん離れた場所。
鉄道で暫く移動したので最早別世界。
いや、本当に〝別世界〟だった。
ここは繁華街だそうだが、行けども行けども四角い箱が並んでいるだけなのである。
長方形の巨大な箱型の店が立ち並んでいて、それは全て鈍いグレーだった。表面の壁は電子機器みたいにツルツルしていて光沢を放っている。
そんな同じ形/同じ高さ/同じ幅の四角形が両サイドに続いていて、碁盤の目みたいに配置されていた。
外の地面も建物の中みたいにツルツルしていて、ド変態がレゴブロックで作った街みたいに規則性のある気持ち悪い繁華街だった。
店、四角形の頭には黄色い同じ形をした木が生えていて、黄色い落ち葉がヒラヒラ上から降ってくる。
地面にそれが積もって、風に飛んでいく様は美しかった。
「…この箱みたいなの、全部店なんか?」
「子供の頃に来たきりなんで不確かなんですが…マァ大体全部店だな。グレーの店は化粧品とか美容サロン…あとは服屋か。緑は飯屋で青は風俗店。黄色は装備が売ってる店だな」
「武器は」
「いや、武器はそのへんじゃ売ってねえよ。それに武器は勇者か治安維持隊しか買えないようになってる。お前の役職はヒーラーだから薬品くらいしか買えねぇぞ」
「アラそ。装備も?」
「ヒーラー用の装備しか買えねぇな」
「…役職によって買えるもんは限られんのか」
「モンスター倒せばドロップすっからそれは使用自由だ。ただし買うなら購入制限がある。因みに役職も金で買えるぞ」
「ア?買えんの?アレ」
「ハイ。爵位買うようなもんなんで。なんでも金積むのが一番早い。種族は買えねえけど、闇医者行きゃ手術で変えれるぞ。リスクはデカいがな」
「へぇ。整形みたいなもんかね…。なぁ、転生者って全員何して金稼いでんの」
「そりゃクエストで稼ぐかモンスターの素材売ったりとかだな。店で働いてるヤツもいるがかなり少ない。あとは全員強制タコ部屋労働なんでね…金なんてもらえねえよ」
「他所で働くのもアリか」
「そだよん」
「なんで店で働くヤツ少ねぇの?」
「そりゃお前…みんな、活躍するのは好きだけど働くのは嫌いなヤツばっかりだからな。社会のお荷物経験者は職場で活躍する想像ができないのさ。モンスターを倒して活躍する想像はできるが。アニメ漬けだからな」
「へぇ。普通の仕事より大変そうなのにな」
「その通りだ。生死かかってるからネ」
歩いている人々の姿もずいぶん変わっている。
古いスーツを着た人型の黒い煙。
道端にゴザを敷いて、はだけた赤い襦袢をそのままに…乳を丸出しにしたまま三味線を弾く売女。
裸のロボット、車椅子の角をはやした老人。
現代人そのままの格好をしたおばさん、ブルーの髪に水光模様を浮かべた女。
羊と虎のキメラを散歩させている白人。
ごった煮の繁華街、人々だけには規則性がなかった。
寧ろあまりにバラバラで、様々な種族が混ざり合って歩いている。マァきっとニューヨークみたいなもので、色んな人種がいるのが当たり前みたいな感じなのだろう。
美形の人間は少なかった。
それは現代の地球と同じ塩梅らしい。
眉の描き方が変な猫の獣人の女と通りすがった。
それがなんだか妙にリアルだった。
ダイダラはマダラの青レンガ色の髪を二つ結びにしていて、マ×リンマンソンの白いTシャツを着ていた。
首からパールのネックレスをぶら下げ、ワイドパンツを履いている。
チャッキーは全身真っ黒で上下共にオーバーサイズ。
多分地球で言うところのヨ×ジヤマモトが好きなのだろう。
「スーツ着た黒い煙のヤツに気を付けろよ。バギースモーカーっつんだけど、ギャングなんで。彼ら」
「あ?ギャング?」
「人身売買が生業だ。人相隠さなきゃいけねぇから人型の黒い煙になってンだよ。スモークラインって勉強しなかったか?デケェ闇市なんだがなんでも売ってる」
「人身売買ね…どの種族が高値で売れんの?」
「そらヒューマンだろ。弱いし数が少ないから希少価値が高い。イジメ殺すのに最適なんです。意外としぶといから長く遊べるし異世界について知らないので逃げられません。完璧ですネ。助かってま〜〜す…」
ダイダラは横目で人型の煙、バギースモーカーを見た。
見ればスーツから出ているアタマだけが黒い煙になっていて、手や足は普通だった。
手袋を履いていたり、狼のタトゥーが入っていたりする。
何かの種族たちが何かの魔法で人相を隠しているらしい。
髪型は分からない。
丸い煙になっているから。
「マァ絡まなきゃ問題ねぇよ。気性は荒いが刺激しなきゃ問題ねぇから…」
「アラヨ」
「えぇーーーッッ!?」
しかし。
ダイダラはそれを聞いた瞬間、右手に持っていたコーヒーをバギースモーカーに思い切り投げたのだった。
コーヒーはバシャッとスーツにかかり、スモーカーは立ち止まる。
そしてコチラを見て、シン…と静かに立ち尽くした。
黄色の落ち葉がハラハラ舞う往来。
ダイダラはスモーカーと同じように立ち尽くし。
チャッキーを振り返って、
「ワリ。好奇心旺盛なんだダイダラくんは」
と言った。
「キ、キレ過ぎて体がバラバラになっちゃいそう…!」
チャッキーは口元を乙女みたいに指を揃えた片手でソッと覆い、目と口を丸くして「夢みたい」とこぼす。
あんなにキッチリ忠告したのに目の前で台無しにされるとは思わなかった。
さて。
そんなことをすれば当然…。
「、」
怒りを買う。
バギースモーカーは内ポケットからスッと黒いカードを出した。
その瞬間、彼の真横に真っ赤な透き通る魔法陣が現れる。
彼はその魔法陣の真ん中にカードを当てた。
するとピピッ、という電子音がして。
「ウオッ」
ダイダラの真横。
バァンッ!という音がして、たまたま隣にいた女の頭が破裂した。
暖かくて優しい血液が飛び散り、太陽の光できらめいた。
…何故ダイダラではなく女に被弾したかと言うと、チャッキーが咄嗟に彼の首根っこを掴んで位置をズラしたからだ。
そのせいで女に魔法がかかってしまったのだ。
ムッと血液の香りが立ち込め、頭蓋骨の中身が湯気を立てて往来にバラまかれていた。…
「ッ、」
「ゴッ」
チャッキーは咄嗟に彼を担ぎ上げ、ガランッ、ガラッ、ガラッ、と下駄を鳴らして全速力で逃げる。
担ぎ上げられたせいで腹にチャッキーの肩が食い込んだダイダラは喉の奥でうめき、なんとか彼にしがみついて「おお、ヤベ、」と半笑いで言った。
「オレなんかしちゃいました?笑」
「黙ってろ!!」
「若旦那(チャッキー)って怒鳴れるんか笑」
チャッキーは当然焦っていた。
スモーカーが怖いのではない。
立ち向かおうと思えば簡単に始末できるが、民間人を巻き込んでの勝手な戦闘は神法に引っかかるのだ。
裁判になれば100%負けるし、負けたら自分の使える魔法は全て神様から剥奪されてしまう。
そんなことになったらウキウキワクワク拷問ライフが台無しだ。
だから焦っているのだ。
がしかし、対応する方法はある。
一番は逃げること。
二番目は、戦闘許可を上に取ることだ。
よってチャッキーはあちこちで起こる破裂音を聞きながら全力で逃げて行きつつ、「C:6052コール戦闘許可の申請ッ。チャッキー・ブギーマン、登録IDはBW6-5-3-4-9-8!対象者バギースモーカー、種族不明役職不明スキル不明ッ。戦闘理由:転生者の保護と治安維持!」と突然怒鳴った。
すると彼の右目が金色にチカチカ光り、『お繋げします。暫くお待ちください』という無機質な女の声が聞こえた。
そして3秒経ってから、ポーン、とどこかに繋がった音がする。
『ユーザー認証をもう一度行ってください。矢印の方向に手の平を当て、そのまましばらくお待ちください』
音声ガイダンスが言った。
チャッキーは言われた瞬間左手を前に出し、空間に現れたガラスの板をバァン!と手のひらで叩く。
するとガラスの板から「ポン」と間抜けな電子音が響いた。
『認証完了。チャッキー・ブギーマン、戦闘許可の申請。対象者、バギースモーカー。種族:エクスマキナ、役職:エクソシスト、スキル:ナイト型、リスト:ブラック、犠牲者数:23名。申請を受理。至急戦闘体勢に移行し、速やかに処分してください』
「Bランク以上の魔法使用許可を追加申請。コード、8-9-2-7-5-5-3ッ」
『申請不可。甚大な被害が予想されます。C級魔法での戦闘を行ってください』
「保管してたオレのC0式は!」
『ただいまよりご送付いたします。通信を繋げたまま、暫くお待ちください』
「はよしろ!」
チャッキーは走りながら天界へ戦闘許可を取った。
人が多い場所で戦う時はこうしなければならない決まりなのだ。
『完了しました』
女の機械音声が言った。
途端、チャッキーは下駄で地面を削るみたいにギッ!と立ち止まり、ハ、ハ、と肩で息をしながら。
「ッあー、疲れた…」
と一言。
片手を上げて、彼は何かを掴み、何かを引っ張る仕草をした。
それは天井からぶら下がる電気の紐を引っ張る仕草に物凄くそっくりで…。
事実その通りだった。
彼がカチン。と電気を消すパントマイムをすると、
カチン。
と音がして。
繁華街は全くの暗闇に包まれたのである。
「、っ?」
それは目を開けているのか閉じているのかも分からなくなるような暗闇であった。
目を分厚い布で覆われたみたいで、ダイダラは驚きに喉を詰まらせた。
目を見開いて周囲を見たが、失明したのかと錯覚するほど何も見えないのである。
繁華街の喧騒は突然にシンとして、雪景色の中みたいになんの音も聞こえない。
「うお、」
すると、カチン。と再び彼が電気の紐を引っ張る仕草をすると、…繁華街は元通り。
太陽の光が戻って、長いまばたきから目を開けたみたいに何もかもが完璧に戻っていた。
ダイダラはパチパチまばたきをして、ソッと後ろを振り返る。
すると、追ってきていた筈のスモーカーの体の関節が…全て逆を向いていた。
少女が悲鳴を上げていて、血を浴びた太った男が固まって立ち尽くしている。
不可解な死に方である。
まるで高い場所から落とされたみたいに全身の骨が折れていて、四肢が変な方向を向いていた。
「………」
ダイダラはそれを眺めてしばし呆然としてしまう。
今のは一体何だったのだ。
一瞬暗くなった。
あの間にきっと、何らかの方法でスモーカーは殺されたのだろう。
…魔法ってもっと…なんかビームっぽいの出したり、炎の球っぽいのを相手にぶつけたりするものじゃないのか。…
と思っていると。チャッキーが彼の心を呼んだみたいに、
「そんな高校生が使うような魔法使わねぇよ…」
と、ため息がちに言う。
そして彼は片目を赤にチカチカ光らせて、
「チャッキー・ブギーマン。登録IDはBW6-5-3-4-9-8。遺体回収要請。ウォルダー街ロデン通りでバギースモーカーと戦闘。死傷者7名…いや、8名だ。一般人がかなり巻き込まれた。なんとかしてくれ」
と、どこかに連絡した。
多分治安維持隊への連絡だろう。
死体の回収と事態の収束を頼んだのだ。
彼はそれだけやって黒目に戻り、「トホホ…苦心した…」とダイダラを下ろす。
ダイダラはキョトン!とした顔で地面におり、チャッキーを見上げる。
「ワリ」
「ホント勘弁してくれ。考え無しにも程があるだろ」
「いや、考えはあったんだよ」
「…一体なんの」
「ちょい待ち」
ダイダラは気まずそうに後頭部をかき、スタスタ歩いてスモーカーの隣にしゃがんだ。そしてスモーカーのスーツの中に手を突っ込み、ガサゴソ死体漁りを始め…。
財布、タバコ、携帯、拳銃、を押収。
そしてカード類が入ったケースを見つけ。
「ン、コレだな」
「…何してんの」
「ホラヨ若旦那。これアレだろ。闇市の会員カードだろ?」
「え!」
「ウルフのマークがついてる。その辺歩いてるスモーカーの手にタトゥーで入ってた。それと同じだこれ。闇市良く行くんなら客じゃなくて売る側に成りすまして行った方が良いもん手に入るんじゃねーの。やるよ」
「良いんですか…!?」
「良いも何もお前がやったんだから。あでもコレは貰うぜ。調べたけどこれクレカだろ?ブラックに金色のラメが入ってるってことは…戦車でも一括で買えンな。軍資金ゲット」
「おお…」
「レアアイテムドロップして嬉しい限りだわ」
「ドロップっていうか強盗殺人ですね…」
ダイダラはスモーカーからクレジットカードと闇市のカード、それに続けて調べればエクスマキナにしか手に入れられないかなりのレア装備を手に入れた。
攻撃用の電子カードだ。
先刻スモーカーが魔法陣に当てて発動していたあの魔法や、マァ他にも様々な暴力魔法が使える電子カード。
コレは武器としてかなり有効的に使えそうだ。
だが練習が必要そうだし、素人に扱そうでもないため、お蜜に見せて使い方を教えて貰おうと思う。
「オレ達こうやって強くなっていこうな。巻き込んで悪かったよ。次はテメェでやるわ」
「思ってたレベル上げと違うんですけど…」
「いやどう見てもレベリングだべや。アイテムもドロップしたし。装備も手に入れてんだろうが」
「ムッ…確かに。レベリングの定義が難しくなってきちゃったな」
ダイダラはバレン×アガの財布に押収したカードをしまい、「さてと」と立ち上がってチャッキーの背中を軽く叩いた。「行こうぜ」という仕草だ。
「お前拳銃が欲しかったんじゃなかったの」
「や、オレバイト先探しにきたんだよ今日。それも欲しかったけどよ」
「異世界でバイトすんな」
「いやお蜜さんにこれ以上厄介になるわけにいかねーだろ。せめて金の苦労かけたくねぇわ男なんだからよ。あとずっと家にいたら邪魔だろ普通に」
「おお…感動で涙が出そう。そんなこと言う転生者初めて見ました」
「えっ…。…誰も言わねえの…?これ…」
「えへへ…言わないよ…」
「抱きしめてやるからこっちこいよ」
「ありがとネ…」
マァコレでザックリ金が入ったわけだ。
このカードもどうせあのスモーカーのものではなかろうし、どこに請求が行くのかは知らんが停止されることはないだろう。
これで種銭は充分、お蜜に払う金もここから賄えば良い。
ダイダラは今日から家計簿を付けようと思った。
5人も男がいるのだ、それだけで凄まじい生活費がかかることは分かっているから。
特にシャオさんとオドロアンが一番食べるので、キッチリ計算してその額をお蜜に渡さなければならない。
ダイダラはスモーカーから押収したスマホをコテコテいじり…その末、カードをスマホ内で連携させていることがわかったので、カードの暗証番号を簡単にゲット。
手慣れた動作である。
何度かやったことがあるのだろう。
「じゃ、メシ食って帰るか。オレ中華食いてえ」
「オレ小籠包食いたいです」
「奢るわ」
チャッキーは他人のクレジットカードも「アイテム」と定義しても良いのかと(ダメ)新しい発想を得て驚きつつも、彼の背中を追った。
それにあんなことがあったのに彼は嘔吐することも動揺することもない。
大抵は目の前で人が死ねば、温かな現代社会で生きてきた転生者は腰を抜かすか動けなくなるのに。
一体この男は何を見てきたのか。
マァ生い立ちを聞けば大体わかるけれど…。
「ンメ(美味)。染みるわ」
エビチリをレンゲで食べながら満足そうにビールを呑む彼を見つつ、チャッキーはハブ酒を呑む。
セオリーって無視しても上手くいくもんなのだなぁと。
だってさっき、2人が中華屋を探している時。
路地裏にて、ダイダラは向こうから走ってくる褐色の美少女にぶつかった。
10歳くらいだろうか。
小さな幼女はハッと息を呑むほど美しく、細く華奢な腕には手錠が付けられていた。
遠くからでも目を引く大星雲の金髪、小麦肌とかわゆい小さな顔。裸足で走ってきた彼女は明らかに訳ありで、これから売られてしまうのではないかといった感じだった、
『た。たすけて』
か細い声で彼女はダイダラへ言った。
彼女の首にはバーコードがあったため…チャッキーはスグにこの娘が奴隷少女であることを悟った。きっとどこかから逃げ出してきたのだろう。
見れば、遠くからガタイのいい男が2人走ってきている。
「そいつを殺せ」「捕まえろ」とコチラに怒鳴りながら。
あれが追っ手だろう。
ダイダラは軽く頷いて娘を見て。
『了解』
ダァン!とポケットから出した拳銃で、その娘を呆気なく撃ち殺したのである。
『えぇーーーッ!?』
チャッキーは本日二度目の驚きに耳をピンと立て、尻尾をブワッ!と膨らませた。
ダイダラは地面に崩れ落ち、目を開いたまま死んだ娘を一瞥もせずに顎で「ほらよ」と追いついた男達へ譲渡したのであった。
『あ。ありがとよニーチャン。ゼェ、ハァ、助かった』
『クソ。ハァ、ハ、手間取らせやがって、こ、このガキ』
『礼するよ。ありがとう』
男達はゼェハァ息をして、死んだ少女を待ってダイダラへ感謝する。ダイダラは「別に当然のことしただけだろ。礼なんていらねぇよ」と男達へ返した。
普通は多分コレ、助けた奴隷少女へ言うセリフだった。
『そういうわけにいかない。ウチのボスは厳しいんでね。貸し借り無しなんだよ』
『そうかよ。じゃ美味い中華屋教えてくれ。あとチャカ欲しくてよ、売ってるとこねぇの?』
『ああ、それならこっちだ。オイタナカ。案内してやれ』
『ウス』
タナカと呼ばれたガタイの良い男は頷いて、美味しい中華屋を案内してくれた。
そしてタナカは何も言わずに白い名刺を差し出し、「此処に電話すりゃあらかた揃う」と言って勝手にあれこれ頼み、その分の金を払って席に座ることなく去っていった。
食事を奢ってくれたのだろう。
『ありがとなタナカちゃん。今度飲み行こうぜ』
『オウ』
ダイダラは片手を上げてタナカと別れた。
そして今はふはふ一生懸命、口のハシを汚しながらエビチリを食べている。
チャッキーは奴隷少女を助けて餌付けしなくても、別ルートのイベントが開けるんだなぁと思う。
人格糸クズ系ネオ転生者。
ダイダラはタナカちゃんの連絡先にお礼のメッセージを送りながら、餃子をレンゲで潰してふうふう息を吹きかけて食べている。
「………」
コイツら結局、異世界だろうとなんだろうとどこでもやっていけるんだろうなとチャッキーは目を半分にして思った。
どこでもやっていけるやつが、結局一番異世界転生に向いていることも悟ったのである。
■
「もう無い…!」
台所。
お蜜は驚きに青ざめた。
彼女は先ほど汗をかきながら大量にハヤシライスを作ったのだが、それがもう全てなくなっていたのだ。
地球人の口に合うように、男の子5人でもきっと満足できるようにふうふう言いながらたくさん作ったのだが。
1時間後、もうすでにそれはカラになっていた。
冷蔵庫を見れば中にお蜜用のものが残されているものの、全て綺麗になくなり、鍋も洗ってタオルの上に逆さまに置いてある。
5人分の食器も洗われており、…しかし戻す場所が分からなかったらしくそれもタオルの上に置いてあった。
後片付けは物凄くキチンとしている。
が、空っぽだった。
お蜜は明日も見越して余るように作ったのに…と思い、トトト…とリビングへ向かった。
大木のそば、ギラお兄さんが胡座をかいてタブレットをいじっている。彼女はそのそばにペト、と座った。
「ギラお兄さん」
「え。あ、はい。どしました?」
「あそこにあったハヤシライスなんだけど…」
「あ。食いました。ご馳走様っす。美味かったっす」
「あのね、あれ、みんな食べちゃったの?」
「……エッ、ダメでした?うわヤバ、スマセン作り直します」
「ううん、ちがうの。食べてくれたのはすごく嬉しいんだけど、沢山作ったのに余ってないからびっくりして…。も、もしかして…無理して全部食べてくれたの?それともまさか…足りなかったですか?」
「…………」
「えっと、正直に教えて欲しいと思いました」
「スマセン、全然足りなかったっす」
「ほんとに!」
「や、でもガチ美味かったんで。ご馳走様っす。次オレら作るんでやらなくて大丈夫ッスよ」
「う、ううん。…そう、アレで足りないのね」
「多分倍作っても足りないスね。シャオさんとオレとオドロアンがバカ食うんで」
「そなの…。男の子ってそんなもの?えと、みんないくつなの?」
「え、オレが22で、オドロアンとコモンくんが23でタメすね。ンでダイダラくんが24、シャオさんが25みたいな」
「みんなそんな若いのっ?」
「あはい。若いスかね?そんなもんじゃないすか」
「し、しっかりしてるからもっと大人なのかと思ってました」
「夜職のヤツは大人っぽいヤツ多いんで。それじゃないすかね」
「そか…。…食べ盛りなのね。じゃあ冷蔵庫の中のだけだと心許ないかも…。買い出し行ってきますね。いっぱい買います」
「あオレ行きます。任してください」
「場所分からないでしょう。だいじぶよ、1人で行けるから」
「や、オレらのメシなんで。つか一緒に行きたいス。場所覚えたいし」
「…そう?」
「ハイ。つか一緒に居たいんで」
ギラお兄さんはコモンくんに言われたことを思い出して、咄嗟にそう言った。
何かを手伝うときは「一緒にやりたい」と言い、「無理しなくていいのよ」と断られたら「一緒に居たい」と言えと言われたのだ。
だから言った。
お蜜は「寂しがり屋なのね…」とポチッと呟き、「なら一緒に参りましょう」と優しく言う。
「アザス」
「あ、オレもついてくよぉ。一緒に見たいな」
遠くにいたシャオさんが微笑んで言った。
ギラお兄さんだけでは荷物を持ちきれないだろうと判断してのことである。
ギラお兄さんはホッとして立ち上がり、お蜜のちまこい鞄を代わりに持って共に出かけた。
行ったのはお蜜行きつけの店ではなく、ほとんど業務用スーパーみたいな場所だった。
このあたりは地球人が設計したスーパーなので、表示されている文字や売っているもの以外は見慣れたものばかりである。
ギラお兄さんはカートの持ち手の上に組んだ腕を乗せ、猫背になってお蜜が野菜を選ぶのを待つ。
その間シャオさんは別のカートへ大量の肉類、炭水化物、甘味、炭水化物、炭水化物と肉と炭水化物、酒とチーズ、オリーブと炭水化物をドカドカ入れて進んでいた。
それはルールのない狂気的な量である。
ほうれん草を持ったお蜜はこれに驚き、流石に、
「これっ(こら)。ダメでしょ!」
と叱った。
そんなのどう考えても食べ切れないし、冬を越す熊の食事じゃないのだからと注意する。しかしシャオさんはキョトン…として、「え、ごめんなさい…?」と自覚なく謝った。
それは何で怒られているのかまるで分かっていない、ふわふわした困り顔だった。
「そんなに沢山食べ切れないでしょう。いけないのよ」
「え、食うよ…。取り敢えず3日分と思ったんだけど…」
「…た、食べれるの?ほんとに?」
「うん…。後輩(ホスト)の分も買うときいっつもこのくらい買う…」
「そなの…!?」
「うん…」
言われて驚いた。
ギラお兄さんも「マァ全員食うからこんくらいすね」といつも半分しか空いていない目でサラッと言った。
そして本当にその通り、帰って調理現場を見ていれば。彼らは炭水化物と炭水化物と炭水化物でできた食事をザクザク作り始めたのである。
まずギラお兄さんが大量のパスタを茹でて、大量のトマト缶と挽肉を開けて配給で配るのかと思われるほどのミートパスタを作る。
横でシャオさんが冷凍の唐揚げを丸々一袋ひっくり返して揚げ、それを見ながらカップラーメンを食べていた。
それだけで終わりかと思えばそうではない。
「肉食いたくないすか?」
「お。いいね、お米炊くよ」
シャオさんは米を大量に・一気に炊き、その間にギラお兄さんが大量の豚肉にニンニクの芽、玉ねぎを突っ込んで甘辛ダレをかけて炒め物を作る。入れる野菜は大きさがあっていなくてバラバラで、それでも凄く美味しそうな匂いがした。
「野菜一応食います?」
「そうだね」
そこでやっとシャオさんがブロッコリーをカットせずに〝そのまま〟鍋に突っ込んで茹で、茹で上がったそれの茎をザク!と切って千切ってボウルに入れる。
ブロッコリーには焼肉のタレをかけ、ギラお兄さんの口に一つ突っ込みながら自分も口に入れ、米二号を盛ったドンブリに炒め物を乗せて卵を落とした。
「おおお…」
お蜜はそんな風にできていく…柔道部の育ち盛りが食べるような部活メシに圧倒され、作られた丼を持ってみた。
あんまりにも重くて、両手で持ってやっとと言う感じ。
その上にも唐揚げが乗せられた。
つまり、大量のミートパスタとどんぶりが完成したのである。
「メシーーッ!」
できれば、ギラお兄さんが庭から顔を出してドーム型の個室へ怒鳴った。
すると「ウィー」と遠くから声が聞こえ、糸クズ達がノソノソやってくる。
食卓に並べられていく巨大で真っ茶色の食事たち。
お蜜はここで、カップラーメンは彼らにとって食事ではなく、オヤツなのだということを知った。
ギラお兄さんは作っている内に暑くなったらしく、上を脱いで黒いタンクトップ一枚になった。オレンジのニットキャップも脱いで、長い前髪を髪ゴムで縛る。
真っ白なこの美男子は、しかし首までぎっしりタトゥーが入っているのでタートルネックを着ているように見えた。
「オレも食っていいですか」
「いいよーん」
チャッキーも中に入って、彼らは「あ、美味そう」「バカのメシじゃん」と言ってソファを使わず絨毯の上にあぐらをかいて片手で簡単にどんぶりを持ち、黙ってかきこみ始めるのであった。
オドロアンはスマホをテーブルに置いて見ながら。
コモンくんはダイダラと話しながら。
シャオさんは腕まくりをして、胡座で猫背になって誰よりもまっすぐ食事に向き合ってハフハフ食べている。
物凄いスピードだった。
お蜜はこれを、ちまいどんぶりを貰ったのでチマチマ食べながら黙って見ていた。
「あ。お蜜さんよ、あとで生活費まとめて渡すワ。まとまった金入ったから…現金で良いよな?」
「えっ。せ、生活費?お金?…ですか?」
「そら金だけど。キャッシュ化したから束で渡すわ。いくらかわかんねえし適当に渡すから足んなかったら言えな。次からオレ家計簿付けるわ。ギラ兄お前これレシートねぇの?」
「あ、財布に突っ込んでます。あとで渡します」
「オウ頼むわ」
「あ。そうだ。オレ明日ギルド?行きたいんだけど。オドロアン一緒に行こうぜー」
「りょ👌」
「ぎ、ギルド?どして行くの?お仕事貰うの?」
「や、普通に情報収集?的な。さっき調べたんだけど欲しい装備あるんだよね。ダンジョン狩りしようかなって思って」
「えと、ダンジョンに行きたいの?」
「ウン」
「ダメよ、ダンジョンに居るモンスターって結構強いのよ。まだレベル上げも何もしてないのにいけません」
「や、モンスターとは戦わないぜ?ダンジョンから出てきたヤツらボコって普通に装備カツアゲする。ダイダラ拳銃売ってる場所割り出したらしいしそこで買ってから行こっかな」
「て、転生者狩りをするってこと…!?」
「ウン。モンスターチマチマ狩るより良くね?てか普通に勇者の登録情報教えてもらって…住所割り出して家凸った方が早いかな。ちょっと考えるね」
「確かにそっちの方が早いかもねぇ。やっぱり調べてると装備って本当に必要みたいだし。あと役職によって備わるスキルも全然違うみたいなんだけど、役職って買えるらしいんだよね。その辺も揃えたいなぁ」
「ああ、闇市の会員カード持ってっからよ。役職明日買いに行こうぜ。若旦那着いてきてくれよ。それかカード貸してくれタナカちゃんと行くから」
「いや、オレも用あるんで一緒に行きます。お前らに合う役職見繕っておこうか?」
「いいん?笑 助かるんだが」
「いやマァ女神の仕事ですんで…」
「………」
装備が欲しかったらカツアゲする。
それか転生者の家に空き巣をする。
役職は闇市で買う。
糸クズたちは食事中それを簡単に話し──何故闇市のカードを持っているのかわからないが──ペロッと丼をカラにしてパスタに手をつけ始めた。
「…コモンくん」
「ん?」
「レベル上げはしないの?」
「んー、そろそろしようかなーとは思ってるぜ」
「するとしたら、どうやってレベル上げするおつもりですか?」
「?あれってさ、モンスター倒したらレベルとかランク?が上がんだよね?」
「はい。他に方法はありません」
「ウン。だからオークションで強いモンスター沢山競り落として檻越しに殺せば良くない?普通に餌とかあげなきゃ勝手に死ぬでしょ」
「おおお…(慄き」
「あとはなんだろ、沼とか川にもモンスター沢山居るんだよね?普通になんか…電気シェーバーとか…適当に電子機器とか、あとは電気魔法?とか覚えてぶっ込めば全部感電して死ぬでしょ。そしたら一気にレベル上がるじゃん」
「せ、生態系も破壊されます」
「……?良くね…?あ、ごめんダメだった?じゃあしない。ごめんね、嫌わないで」
…レベルはモンスターを買って餓死させて殺すことで上げる。川に電子機器を突っ込んで一気に水棲のモンスターを殺す。
そんなカスみたいな方法でレベリングをする人間がこの世にいるとは思わなかった。
どんな人間性をしていたらこんなことが思いつくのだろう。と思ったが。
考えてみれば彼はダークリストなのだ。
「じゃ、シャオさん明日オークションで強めのモンスター買っといて」
「うん、分かった」
「オドロアンはオレとギルドね。チャッキーとダイダラとギラ兄さんは闇市で役職買ってきて」
「ウィ卍卍✋」
「アス」
「オウ」
「お蜜ちゃん、良かったら一緒にオークション行こう。お仕事があるならいいんだけど」
「あ、はい…ご一緒します」
「ほんと?良かった。嬉しいな」
放置しても彼等は機動的にどんどん動いていく。
女神が教えなければいけない領分さえ自分で調べてきて、次にどうするかを自分たちで考えて次の瞬間には実行している。
コモンくんはどんぶりに大量に紅生姜をかけながら「そうそう」とつぶやいた。
「なんか調べたんだけどさ。レベル上げしてからじゃないと魔法習得の幅狭いらしいじゃん?だからできるだけ上げてから色々魔法の勉強したいんだよね。チャッキー付き合って」
「いいよーん」
「ヨシ。じゃオレ今日の仕事終わり。お蜜ちゃん、あとで一緒にお散歩行きたいな。デートしよ〜」
「う…うん…」
早く慣れなければ。
彼らはセオリー通りに動かない。
きっとお蜜の管轄の世界も、思い付きもしない方法で片をつけてくれるのだろう。
それでも一体どれだけの犠牲が、一体どれだけの屍の山が彼らの背に積み上がるのだろうか。
「…ハッ!」
お蜜はしかしここで気がついた。
もしかしたら。
もしかしたらコモンくんは、みんなに無い発想で異世界攻略するオレTUEEEEE系の男の子なのかもしれない。
それなら納得できるし、それなら安心できる。
やる気に満ち溢れることなくルーズにやりながら最強になるのを目指しているのかも。
ダークリストを集めているのも、なんとなくカッコいいからかもしれない。最近は悪物が流行っているし。
これがコモンくん達の悪ぶり方なのかもしれない…!
そう思ったお蜜はなんだか体の力が抜けてホッとした。
それならば他の転生者とだいぶタイプは異なるけれど、根本はおんなじだから。
セオリーの逆張りをすることで注目を集めるタイプなのかもしれないし…ヤレヤレ系もしくはキョトン系(オレなんかやっちゃいました?)転生者なのかもしれはいし?
ならいちいち驚く必要もないし、困ることもない。
むしろ扱い易いし、コモンくんすごい!とチヤホヤして誘導することもできる。
お蜜は自分の答えに結構納得して、ヨシと思って彼の属性を見てみた。
プライバシーに抵触する部分なので属性は見ないでおきたかったのだが、確信が欲しかったので。
属性というのは、その人間を一行で簡単に表す言葉である。
最近の転生者に多いのは、「厨二病ヤレヤレ系転生者」「承認欲求マシマシ脱力系転生者」「一匹狼系ハーレム狙い転生者」「自分の実力を理解していないキョトン系転生者」の四つ。
ちなみにチャッキーの属性は「純愛」だった。
見た時は、本当に怖かった。
なのでお蜜はちょっとドキドキしながらコモンくんの属性を見てみる。
一体何が出るのだろう。
ヤレヤレ系?
脱力系?
ダウナー系一匹狼?
と、思いつつ、こっそり目を金色に輝かせて彼を見て…。
「………」
お蜜は俯いて目を閉じた。
彼の属性が、
【罰当たり迷惑YouT×ber系転生者】
だったからだ。
…あれは全て、素で言っていたことらしい。
彼の本性は、単なるDQNだったのだ。
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